7話目――川底の声

長男・頼嗣は、家の財産を守るためなら何でもする男だった。

村で大水が出たある夜、彼はひとり舟を漕ぎ、闇の中を川上へ向かった。


舟の中には、足を縛られた男がいた。

その男は、村の土地の権利を巡って頼嗣と争っていた地主の息子だった。


「すまん…お前のせいじゃないんだ」

頼嗣はそう呟きながら、男の頭を水面に押し付けた。

川の流れは強く、男の叫びは泡になってすぐ消えた。


だが――押さえる頼嗣の手に、沈んだはずの腕が巻きついた。

まるで深い底から、誰かが必死に這い上がろうとしているようだった。


慌てて手を放すと、男はもういなかった。

代わりに水面に浮かんでいたのは、黒く湿った布切れ――自分が今着ている羽織の袖口だった。

引き裂かれた覚えはない。

袖の裂け目から、冷たい水がじわじわと腕へ這い上がってきた。


それ以来、頼嗣は夜になると必ず川の夢を見た。

夢の中の川は決して静まらず、黒い水面の下から男の顔が何度も浮かび、沈み、また浮かぶ。

そしてある晩、目を覚ました頼嗣の布団は、川底のような泥と水で濡れていた。

泥の上には、あの男の名が墨で書かれていた。


頼嗣はそれを決して口にしなかった。

彼の腕からは微かな川の匂いが消えることはなかった。

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