10話目――毒の壺

三女・小夜子は、幼い頃から母に厳しく育てられた。

褒められることは一度もなく、家の手伝いを怠れば竹の物差しで打たれ、嫁ぎ先が決まるときも母の一言で破談になった。


やがて小夜子は、病に伏す母の看病をする立場となった。

表向きは献身的な娘だったが、心の奥底では母への憎しみが何年も澱のように溜まっていた。


ある日、町で薬売りからこっそり粉薬を手に入れた。

「少しずつ飲ませれば、楽にしてやれる」

そう言い聞かせ、母の煎じ薬にひとつまみ混ぜた。


数日後、母は苦しみながらも不思議と笑った。

「やっと…優しくしてくれるようになったねぇ」

その笑みが、小夜子の胸をえぐった。

それでも手は止められず、粉薬を混ぜ続けた。


ある夜、台所の戸棚にしまっていた薬壺の蓋が、突然カタンと音を立てて開いた。

覗くと、中の薬は黒く変色し、表面に母の顔のような影が揺らめいていた。

耳を澄ますと、壺の中から母の声がした。

「もっと…ちょうだい」


母が息を引き取った日、薬壺の蓋は再び開いていた。

壺の底には、使い切ったはずの粉薬が山のように盛られ、その上に母の指輪が置かれていた。


葬儀の後も、その蓋は夜な夜な勝手に開いた。

開くたびに、壺の中の粉は少しずつ増え、やがて家中の者の薬に混ざるようになった。


小夜子が気づいたときには、壺の底に自分の髪が沈んでいた。

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