第2話

第五章 氷海の洗礼


「ジャップ!何やってんだ!」


涼介の手はカニかごの重さに耐えきれず、滑り落ちそうになった。一つのかごは90キロ。それを一日に何百個も扱う。


「こんなヒョロガリじゃ使い物にならねぇ」メキシコ系のロドリゲスが吐き捨てた。


食事時間。涼介の前に置かれたのは、塩辛い豆の煮込みとパサパサの黒パンだった。


「日本人はスシでも食ってろ」ビッグ・ジムの仲間たちが笑った。


涼介は黙って食べた。味覚が受け付けない。胃が痛くなった。しかし、文句は言わなかった。


夜、狭い船員室で涼介は一人震えていた。他の船員たちは彼を無視した。暖房のない隅の寝台が彼の居場所だった。


「家族のためだ...カイのためだ...」


第六章 血と氷の日々


2週間が過ぎた。涼介の手は血だらけになった。カニかごのワイヤーで何度も切り、凍傷で指先の感覚がなくなった。


「ジャップ、お前まだ生きてたのか?」


ビッグ・ジムの嘲笑が響く。涼介は歯を食いしばった。


「みろよ、あいつの手」若いクルーのトミーが指差した。「まるでハンバーガーみたいだ」


船員たちが爆笑した。


ある夜、嵐が襲った。船が激しく揺れる中、涼介は甲板で氷を取り除く作業をしていた。


「危ない!」


巨大な波が船を襲った瞬間、涼介は海に投げ出されそうになった。その時、誰かが彼の腕を掴んだ。


ロシア系の老船員、ニコライだった。


「小僧、死にたくなかったら俺の言うことを聞け」


ニコライは涼介に生き残るコツを教え始めた。


第七章 一攫千金の夢


「お前ら、今の水揚げを知ってるか?」


船長が興奮して叫んだ。


「2000万円分のカニが取れた!一人当たり200万の分け前だ!」


船員たちが歓声を上げた。涼介も初めて笑顔を見せた。


「おい、ジャップ」ビッグ・ジムが近づいてきた。「お前、意外とタフじゃないか」


「俺の名前は涼介だ」


「分かったよ、リョウスケ」ジムは初めて彼の名前を呼んだ。


その夜、船員たちは酒を飲みながら語り合った。


「俺は息子の大学費用のためにここにいる」ロドリゲスが言った。


「俺は借金返済だ」トミーが続けた。


「みんな同じだな」涼介がつぶやいた。


ビッグ・ジムが涼介の肩を叩いた。「お前も一攫千金狙いか?」


「家族のため、そして親友のためだ」


第八章 認められた男


1ヶ月が過ぎた。涼介は見違えるように変わっていた。筋肉がつき、海を読む目ができていた。


「リョウスケ!こっちのかごが重いぞ!」


ビッグ・ジムが興奮して叫んだ。涼介が設置場所を提案したかごに、大量のカニが入っていた。


「すげぇな、お前」ロドリゲスが感心した。「海を読むのが上手い」


船長も認めた。「リョウスケは天才だ。カニの居場所を当てる確率が90%を超えている」


食事時間、涼介の隣には仲間たちが座るようになった。


「リョウスケ、日本の女性はどんな感じだ?」トミーが興味深そうに聞いた。


「美しいよ。でも、カニより気まぐれだ」涼介が笑うと、みんなが爆笑した。


ニコライが涼介にウォッカを差し出した。「お前は本物の漁師になった」


第九章 友情の芽生え


2ヶ月目。船は再び嵐に遭遇した。今度は涼介が新人のジェームズを助けた。


「ありがとう、リョウスケ」


「俺も最初はみんなに助けられた」涼介は微笑んだ。


ビッグ・ジムが近づいてきた。「リョウスケ、お前に謝りたい」


「何を?」


「最初の頃、ひどいことを言った。人種差別をした。でも、お前は俺たちより根性がある」


涼介は首を振った。「みんなと同じだ。一攫千金を夢見る男たちさ」


その夜、船員たちは涼介を囲んで座った。


「リョウスケの親友は何をしてるんだ?」ロドリゲスが聞いた。


「ドローンを作ってる。小さな飛行機みたいなものだ」


「それで金になるのか?」


「彼は天才だ。きっと成功する」


船員たちは涼介の親友への愛情を感じ取った。

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