モノローグ その7

 目の前に再生される今までの景色。

 “走馬灯そうまとう”というものだろうか。

 地面に着くまでの間、同じ人生をもう一度。


 幼い頃から、変わらないものが大好きだった。

 それは時間を超えるから。

 それは死ぬことを、怖くなくするから。


 鏡のように平坦な湖面が、だから大好きだったのだ。

 そこに長く映っていれば、いつしかくっきり焼き付いて、遠い遠い時の果てまで、守ってくれると思えたから。


 彼女を初めて見た時、湖の化身かと思った。

 不変という概念が、姿形すがたかたちを持ったのだと。


 彼女は異変に呼ばれて現われ、それが薄くなったからか、姿を消してしまった。

 

 だけれど、異変は次の年、より大きくなっていた。

 だから彼女は、きっと来ている。

 “こちら側”に来てくれる。


 次こそは、

 今度こそ彼女を逃がさない。

 今度こそ彼女を、変えさせない。


 湖に何度も行き、ずっと待っていた。

 彼女は気配すら、見せてくれなかった。


 そもそも、彼女に逢えたとして、どうするのだろう?

 彼女を変わらないようにするには、どうすればいいのだろう?


 行き詰まっていた時、数少ない友人から、面白い話を聞いた。


 湖のふちに埋めて、「永遠」にするまじない。

 

 半信半疑だった。

 だが別の友人が、鉢合わせしないようにコソコソしていたのを見て、念の為に隠れて監視していた。


 そうやって見ている前で、


 誰の物かも分からない左手首が、時の経過を感じさせないくらい完全な形で、掘り出された。


 「これだ」。

 運命的なものを感じた。


 水面が後退し、湖底が剥き出されたことまで含めて、「それをしろ」と世界が言っていた。


 問題は、未だに彼女が見つからないこと。

 そして、人一人が入れる穴を掘って、彼女を動かなくしてから、そこに埋め直すという作業が、大変な困難であるということ。


 掘り返されてもいけないのだから、簡単に暴かれないくらいの深さが必要。

 更に、一連を見られたり、シャベルを持って登山するという、行動を怪しまれてしまってもアウト。


 そこで、噂を流した。

 裏山に何かが埋まっている。

 湖が怪しいという“お話”を広めた。


 空っぽどもが幾らでも釣れる外見が、その時だけは役に立った。


 案の定、頭の足らない連中が、遊び感覚でやらかしてくれた。

 変化を拒絶する湖に、彼らが排除されることまで、思っていた通りになった。


 大人達は、その場所が原因だと知るまでに、24時間を費やした。

 ただ、山の入り口を、一時的に閉じただけである。


 一方、彼女は飛んできた。

 矢張り彼女は「こちら側」に来ていて、山の中で様子をうかがい、その騒ぎであぶり出された。


 彼女の役目が調査なら、それだけ事態を大きくすれば、絶対に出て来ると考えていたのだ。

 だから、少し前から身を隠し、山中でずっと待っていた。


 それから、尾行していた友人が身をもって、そこに降りるとどうなるか、実験してくれた“裂け目”を使って、彼女を止めることに成功した。

 

 彼女は神様がどうの世界がどうの、最後には「謝りたい」なんて言っていたが、聞く耳を持つ理由は無かった。


 みんながせっせと掘ってくれた中で、一番深いところに寝かせ、その上から土を被せて閉じる。


 それからシャベルを奥深くに投棄して、ほとぼりが冷めるまで待ってから、裏道からそっと町へと戻り、ちょっとした家出に幕を下ろす。


 誰にも怪しまれなかった。

 教師達は湖で起こったことについて、化学式をあれこれ駆使して、表面的な方便で誤魔化した。


 そして「危険だから」と、掘るどころか、上から更にもう一層、土を乗せてくれたのだ。

 

 全てが願った通りに進む。

 彼女をあの地中まで導く。


 事件後、湖はもっと静かに、波一つ立てなくなっていた。

 彼女こそ、あの不変の風景の、完成に必要なパーツだった。

 あそこがあるべき場所だったんだ。


 そのままずっと、完璧を保ち、湖は変わらない筈だった。


 だけど、雨が降らなくなった。

 露出した湖底を見て、戦慄した。




 地面が、隆起しているのだ。


 


 あの地震の影響だろうか。

 最表層さいひょうそうも突き破られて、彼女に届きやすくなっている。

 再び水底みなそこに沈むまで、誰にも絶対に掘らせてはいけない。


 だから見張り続け、それがまた元の、「不変」の状態に戻るのを待って、


 そうして、


 そうしてあと少しで、


 あと一歩で、


 ああ、恨めしい。


 彼女が日照にっしょうを浴びて、きよしワンピースが、みついた黄色を帯びる。


 彼女はそんな色じゃない。


 彼女は変わってはいけない。


 赤く燃える下で、干されたシーツみたいに、


 時間から隔絶した孤高でないと、いけないのに。


 彼女は、失われてはいけないのに。

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