アイディオローグ その7

 “五行ごぎょう思想”。

 この世界を、「木、火、土、金、水」の五種類の元素で説明する、自然哲学。


 この世界観では、方角や色など様々なものに、五行が配された。


 「土」を中心として、

 北に「水」、色は黒。

 東に「木」、色は青。

 南に「火」、色は赤。

 西に「金」、色は白。


 そして四季の変化のような自然現象も、同様にそれらを使って説明された。


 上述の位置関係で、「木」に相当する春から順に、時計回り。

 “青春”、“朱夏しゅか”、“白秋はくしゅう”、“玄冬げんとう”。


 また、それぞれの方角をつかさど霊獣れいじゅうとして、四神ししんが配置される。

 これまた東から順に、“青龍せいりゅう”、“朱雀すざく”、“白虎びゃっこ”、“玄武げんぶ”。


 隆咲りゅうざきつとむは、「リュウ」だから「アオ」。

 虎竹こたけ大西たいせいは、「虎」で「西」だから「シロ」。

 玄牟田くろむた総司そうじは、そのまま「クロ」。


 あとは「南」、「朱雀」、「火」に該当する誰かがいれば完璧だ、

 みたいなことを、彼ら3人で話したことがあった。


 身内のみで使われる綽名あだなは、その時の名残である。

 自分達だけが意味を知る、特別な暗号。

 それは少年心しょうねんごころを躍らせ、何もない彼らに、冒険の楽しさをくれた。


 主人公という、大役を任せられたような、自信を授けてくれたのだ。




 そこからの全てが、間違いだった。

 世間知らずの自己の肥大化が、あの惨状を招いた。




 あれからトオノ達が病院へと駆け込んで、ちょっとした騒ぎになった後、続々と判明した事実を前に、タイセイはもう笑うしかなかった。


 黄鉄鉱に、酸性硫酸塩土壌。

 それらが、冷めた現実を説明してくれた。


 多分、昔の人間は、あの地に死体を埋めると、形が変わりにくいものになると、知っていた。


 どうして失伝しつでんしたのか、他の死体はどこに行ったかは分からないが、死んだ誰か、何かを、あそこに保存する、そんな風習があったんじゃないだろうか。


 湿度が高く腐敗が進みやすい日本では、土葬文化のような、遺体に魂が戻る思想は生まれにくい。

 死体が残りにくいからだ。


 けれどこの地では、そうじゃなかったのかもしれない。

 形を保てば、いつか復活するという、信仰が生まれたのかもしれない。

 

 死者の痕跡を残したい。

 形が喪われなければ、完全な死じゃない。


 その想いが「永遠」なんていう伝説を作り、ペットの死体やら遺品やらずっと残したい大切な宝物やら、様々な方向へ派生していった。


 その残りかすが、ソウジが聞いた伝承。


 そんなところだったのだろう。


 あの手首は、その風習の痕跡。

 恐らく死蝋化した、元人間の一部。


 「いつか、大切なあの人が、生き返る」、

 そういう祈りの欠片かけらが、長い埋没まいぼつてから日の目を見た。


 その後の捜索で、ソウジも見つかった。

 廃坑への道から少し外れた、落盤跡らくばんあとに落ちていた。


 あそこに、サワキの遺体を隠せそうな窪みがあると、ソウジは思い出した。

 サワキを引き摺り落とし、それから奥へ押し込めようと、自分も飛び降りた。


 結果、二酸化炭素まりに飛び込んで、悲鳴も上げれず窒息死ちっそくしした。


 ああいう低いところにある洞窟は、空気より重いガスで満たされている危険が多い。

 大人達から、そう聞いた。


 サワキは硫化水素で、ソウジは二酸化炭素。

 ソウジが見た光も、恐らく硫化水素中毒のせい。


 山は、自然は、人間の生き死になんて、お構いなし。

 吐く息一つで、寿命の蝋燭ろうそくを吹き消してしまう。


 歩いているだけで、人が蟻を踏み潰すみたいに。


 来訪神についても、自分達の深読みぶりが見えてくるにつれ、眼を回しそうだった。


 そういう言い伝えはあったらしいが、戦争時に特定の年代層が喪われ、詳しい内容の継承に失敗。


 それなら残った情報を元に、新たな文化を作ろうと、戦後すぐに誕生したのが、“ハタナイ”の名と、その祭事さいじ

 

 「果」町の「内」側、そして山の向こうと通じ、「果てが無くなりひらけた」から、「果内はたない」。

 言語体系がどうのもない。後付けだったのだ。


 時期だって、「祭りと言えば夏だから」、くらいのノリで決められたものだった。


 アオは騒動が膠着した頃、普通にまた姿を現した。

 単なる家出でしかなかったらしい。

 その不在は、事件とは無関係だった。


 


 点在する、この世の偶然と不完全。

 それらは何かの断片で、だからジグソーパズルのように、全体で一つが完成すると、彼らはそう思っていた。


 けれどパズルの完成形は、宇宙全体だ。

 そして手が届く範囲ですら、見えていないピースばかり。

 

 ちゃんとやるなら、虫食い、空白ばかりの絵になる。

 それを無理に、完結した一枚にしようとして、話がおかしくなったのだ。

 

 どうしてそんなことをしたのか?

 欠けだらけの絵に、満足できなかったのは何故か?

 それは彼らが、「自分達こそが正義側だ」と、思い込もうとしたから。

 

 これまでの不満に、不遇に、報いてやるには、

 その行動の全てが正しかったと、肯定するしかない。

 

 意地を張って、間違いを突き進み、時間を浪費したわけじゃない。

 もう二度と戻らない青春の時間を、プライドだけでドブに捨てたわけじゃない。


 そう思いたかった。

 彼らが直進する道こそ、正解なのだと宣言する、その為の証拠が欲しかった。


 だけど、普通のやり方では、見つけられなかった。

 それはそうだ。そんなもの、見つかるわけがない。

 だって彼らは、間違っていたのだから。


 正しいのは、トオノ達のような、他者と調和している方で、

 彼らオカルト同好会は、協調性のない、はみ出しもの。


 そこで「やっぱり間違っていた」と損切りせずに、「見つからないのはおかしい」と考えて、みるみるドツボにまっていく。


 他の人間と違って、日常の中で証拠を積み上げられず、だから荒唐無稽こうとうむけいな、一発逆転にすがったのだ。


 タイセイの場合はそこに、仲間内への劣等感までプラスされた。


 外見的に優れ、実は人気もあるツトム。

 頭脳明晰で、行動力にあふれたソウジ。

 彼の助手として、最高の適性を持っていたサヨ。


 特にソウジとサヨのバランスは、完成され尽くしていた。

 二人で一人、隣合っているのが、これ以上ないくらい似合っていた。


 彼らの間に、入る余地などなかった。

 補うべき部分など、何もなかった。

 

 タイセイは、彼らにくっ付いているだけだった。


 彼は自分がそこに居ていいか、分からなくなった。

 あらゆるタイミングで、自分は必要ないのではないかと、そういう思いが滾々こんこんと湧きでた。

 

 彼らと同じ「特別」であれば、「選ばれ者」であれば、一緒に居ても許される。

 ただ運良く居合わせただけの、「きずりの他者」から脱却できる。


 


 彼はあの同好会の、完璧な時間を、

 彼の青春を守る為に、

 オカルトにのめり込んだのだ。




 若さから来る視野狭窄しやきょうさくで、暴走。

 そう言うとまだ、パワーを感じる。

 

 けれど実際、タイセイは何も出来なかった。

 最初から最後まで、周縁しゅうえんをウロウロして、キーキー騒いでいるだけだった。


 その頃の自分を思い出すと、彼は死にたくなる。

 全身をむしりたいくらいの、羞恥しゅうちに駆られる。


 あれは、失敗だった。

 それも、買ってでもするべき苦労とは違う。

やらなくていい、大失態。


 世界は終わらなかった。

 全部嘘で出鱈目でたらめで、予兆も予感も、こじつけの考え過ぎ。


 若者が思う、「特別感」なんて、結局そんなものなのだ。

 「自分だけが例外」、誰もがそう思っている。


 「特別」だと感じた時点で、その者はもうパターン通りで、逆説的に「特別でない」のだ。


 あんな経験は、他の誰にもして欲しくない。

 これからを生きる者達に、あんな失敗はあまりにこくだ。


 特にそれが、彼にとって大切な人の子なら、

 サヨの息子なら、尚更である。


 サヨは結婚して、今の姓は「あおぎ」と言う。

 その一人息子が、彼らの母校であり、今のタイセイの勤務先である、金淵に入学してきた。


 どころか、2年時には、彼が担任を請け負うことになった。


 サヨの息子を一目見た時から、彼には分かった。

 かつてのタイセイと、同じ目をしている。


 自分が特別だと、自分だけが回りと違うと、そう思っている。


 優越感なのか劣等感なのか分からないが、どっちでも変わらない。

 自分を「例外」に置いている時点で、それらは同じものなのだ。


 諦められないから、そうなるのだ。

 自分の中の、間違ったプライド、譲れない妄執もうしゅうを優先して、

 世の常識をないがしろにして、自分の悩みを至上の命題とするから、


 だから止まれない。

 取り返しがつかなくなるまで、罪を深め重ね続ける。


 今ならまだ、間に合う。

 諦めることを、覚えさせないと。

 矯正しないと。


 正しくしないと。


 サヨを大切に思い、彼女と青春を共にした彼だからこそ、本気でそれに取り組まないと。


 タイセイはそれが、

 

 自分こそが、自分だけがやれる使命だと、


 今年度に入って、その少年を見た時から、そう確信していたのだった。


 首の後ろを、鳥肌でおおいながら。

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