ぴよまるくん(3)
ぴよまるくん、彼女の思い出す度に後悔が滲み出る。これも彼女との縁が切れてしまったせいだ。
幸せな記憶である反面、思い出したくない辛い記憶だから途中で思い出すのを辞めたくなってしまう。けれども彼女との接点となる唯一のルーツを一欠片でも減らさないためには思い返さねばならない。
彼女との思い出はこれ以上増える事は無いのだから、せめて減らないようにしたい。
俺は根に持つタイプだし、重たい人間だし、ロマンチストなのである。
◇
俺の中にある彼女に言われたセリフでいちばん印象に残っているのは中学一年生の頃に言われたセリフだ。
中一、だから彼女は中三の時のこと。
あれは8月。ちょうど夏休みに入った頃だった。
それが俺の声変わりしたタイミングである。
夏休み前と後とである程度の声変わりを進めたのが俺だ。変声期特有のガラガラとした声が懐かしい。不思議と声変わり前の声は自分じゃ思い出せない。
「声が変になった」「めっちゃガラガラするー」
とかね、ガラガラの声で彼女に送り付けてやった。
そうすると彼女がなんて言ったか。
「声変わり前の可愛い声も、その変な声も聴けて良かった」
「声変わり前が終わってカッコよくなったのも楽しみにしてるね」
なんて言うんだ。
本当になんというべきか。
いや、ずるいの一言に限るだろ。
言われて嬉しい言葉。本当に胸が痛くなるくらい辛くて、それでいて口角が自然と上がるような言葉だ。
大切な存在に自分を知って貰えることが嬉しいなんてさ、当たり前だろう。
あぁ、いっぱい声を聞いてもらった気がする。声が変わるまでの些細な変化を共有していた。
それで、いつだったかな。
どこかで彼女に言われた。
「彼女のお父さんに挨拶しに行く」
季節はもう覚えていない。ただ夏だ。
彼女との縁が切れたのは中学1年生の秋、10月。思い出せる記憶は本当にわずかだ。
挨拶しに行って、行ったはずだ。
どこかの時期に相手方の父親に交際を告白する予定って伝えられた。それで、その結果を伝えられたはず。しかしどうにも記憶が曖昧だ。
もう思い出せるのはたったの1つ。
中学三年生の彼女は受験勉強に打ち込もうとした。だから、あと少ししたら受験が終わるまでゲーム辞めるって。
この時に選択を迫られた。
ここで少しばかりの勇気を持った選択をすれば、きっとここまで何か引き攣る事もなかっただろうに。
それは連絡方法だ。
ゲームをしないから他のSNSでも繋がらないかという。
IDによるLINEの交換は互いに出来なくて。 だからInstagramの相互フォローを提案された。
当時はInstagramやってなかったんだよな。
しかも、わざわざ入れるのが面倒くさくて結局交換しなかった。
だって受験が終わったらまた話せるとばかり思っていたんだ。
選択を間違えた俺に、これ以上の彼女の
それから数日。10月になったタイミングに訪れたのは───台風。
大型の台風が訪れ、縁が切られた。
忘れるものか。
俺の住んでいる場所が特に被害を受けなかったから甘く考えてしまったが、その台風はあまりにも酷い災害で。
多くの命が奪われた。
台風の示す経路に、彼女が住む県が入り込んでいたのを見た時は……。
台風が襲った日を境に、ぴよまるくんが
「オンライン中」
と表示されることはなかった。
何かの間違いであって欲しかった。
あまりにも、笑えないタイミングだ。
受験を理由にログインしなくなるとは言われていたが、それと台風が訪れたタイミングが重なるなんて。
それでも、最初は待っていた。期待していた。
数字が1日目をしている時、安否を聞こうと「台風大丈夫だった」と書き込んだがログインがない以上はなんの意味もない確認。
それから2日目、3日目、4日目、5日目、6日目となり数字が7となった時絶望が襲った。
まだ、ログインできないその理由を探った。
本当に、受験勉強が忙しくてタイミングが悪かったんじゃないか?
そうだ、被害を受けた結果スマホが壊れてしまったのかもしれない。
あとは、あとはなんだ?
本当に終わったのは数字が30日以上前となった時だ。
このアプリは最後のログインを30日以降は表示してくれない。
その数字が動くことはなかった。今になっても未だ動いていないのだから受験の線なんて途絶えた。どこにも彼女の状況を知る方法はない。
俺は未だに悩んでいる。あの時の選択が正しかったか。
Instagramを交換さえしていれば、少なくとも後の生存は確かになっただろうから。
しかし生存の答えが確かにならない以上は、ほんの少しの何かの可能性にかけられる。
ぴよまるくんとの話はこれでもう終わりだ。
思い出せることは無い。
彼女との会話のチャットも今では俺からの一方的なものしか残っていない。
そのチャットには今からまたメッセージが1つ追加される。
意味は何もないが。
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