第26話「“黒角”の生存者、口を開く」

 ――停戦十日目・午後。首都・公会堂の前庭。


 ミント色のUI矢印が芝生に伸びる。


〈発言台 →〉

〈一分だけ拍手の場所 →〉

〈回覧印受付 → 押しすぎると崩落〉


 アランが野外舞台の梁をこん、こん、こん。

 「人が乗るなら木を増す。紙も建築物だ」――今日も開幕名言。


「時間係は私。可搬タイマー、起動」


 参謀リリアが特製フライパンを台に据え、縁の針を立てる。

 肩にはツバサ丸がどすん。水鏡中継に**『(中継ON)』『#今しゃべれ』『(既読)』**を連打。うるさい。


「本日の“証言会”。第一部:混成隊の元書記(魔族)、第二部:当時の志願兵記録者(人間)。

 目的は“黒角の実像”と“沈黙の機能”の共有。拍で進行します」


 ラズヴァルド(魔王)がうなずき、勇者フェリクスは耳なしで最前列へ。

 エルノアが一分砂時計をそっと置く。


 ちーん。(開始の合図)


 ※※※


「……名はベルド・グラナ。昔、混成隊の書記官だった」


 最初の証言者は、片角の折れた老魔族。

 声が小さすぎて風にさらわれ――


「マイクが弱い……フライパン反響板!」


 リリアがフライパンをくるっと裏返し、パラボラみたいに構える。

 響いた声がやけに艶っぽくなった。


「若い頃、わしは――」


「艶! もう少し“渋み”に補正を!」


「生活魔術・トーン調整」


 フライパンにミント水を一滴。声が渋甘に落ち着く。拍手。


「……混成隊は、人魔の連名だった。敵は黒角であって、国家ではない。

 村を襲った一団を我らは追い、人間の志願兵と肩を並べて――終わらせた」


 ちーん。(一分)


 ベルドは続ける。

 砂写鏡に映る古い日報――そこには、人間名と魔族名が同じ列に並ぶ。


「終わったはずだった。なのに、都は“脅威の旗”を欲しがった。旗のない敵ほど、都合がいい……」


 前庭に静かなざわめき。

 ツバサ丸が水鏡に**『(名言)』**を貼る。やめて。


「わしは沈黙した。沈黙は、安い賛成になる。……済まなんだ」


 老魔族の指がわずかに震える。

 フェリクスが息を吸い、遮らない。ただ、掌を見せる――“今は武器を持っていない”の合図。


 ちーん。


 ※※※


「一つ、個人的な話を」


 ベルドが、折れ角の付け根に触れる。


「あの日、燃える村の路地で、子どもの妹の手を――繋ぎ直した。

 応急に蜂蜜を使った。なかったからな、包帯が」


 フェリクスのまぶたがぴくと動く。

 エルノアが肩に触れる。視線はまっすぐ。


「……夢で見た光景と、同じだ」


「確認はあとで。今は拍を守ってください」


 リリアが小声+ちーんで釘を刺す。

 前庭の空気がしん、と冷えて、一分だけ拍手が自然に起きた。


 ぱちぱちぱち。


 ※※※


「第二部。証言者はイレーネ・マトカ。当時二等書記。人間です」


 布帽の若い女性が、胸に厚い記録簿を抱えて発言台へ。

 ツバサ丸が**『(ズーム)』**を貼る。やめて(二回目)。


「……黒角壊滅のあと、私は中央の**“広報室”**に回されました。そこでこう言われたんです。

 『脅威の行だけは、消さないで』」


 リリアが木版スライドを切り替える。

 予算明細の根拠欄――どれもが同じ参照番号、つまり**“壊滅報”**に刺さっている図。


「“脅威が消えた報告”で、脅威を支える……」


「はい。私は、当時、それが仕事だと思っていました。

 回覧印は熱かった。紙が、温かい。……あれは、恥の温度でした」


 会場が静かになる。

 どこかで子どもが「一分だけ拍手!」と叫び、今度は誰も乗らない。

 拍を、イレーネの言葉に残しておくために。


 ちーん。


「あるとき、余白に**“祝聴”って書きました。怒られました。

 でも、きっと書き続ける人が必要なんです。私は白印**を覚えました」


 イレーネは懐から小さな白印を出し、記録簿の角にぽん。

 黒い参照線がすうっと薄まる。


 ツバサ丸が**『(白い!)』**を貼る。かわいい。うるさい。


 ちーん。


 ※※※


「まとめに入ります」


 リリアが手書きダッシュボードを掲げる。


証言一致:混成隊=人魔連名、敵は黒角


確認:“壊滅報”の年号改ざん+参照番号の多用


教訓:沈黙は安い賛成


次の手:“祝聴(開耳)”文言の現場適用、朝鐘共同儀の常設化


 そこへ、第三魔族対策部のマルク=ベロナが回覧印の塔を抱えて乱入。

 今日も資料は逆さ。


「えー、想定外は想定内であって――」


「回覧印ループ芸はちーんで切ります」


 ちーん。

 マルクが早口で続け、ちーんで切られ、逆さ資料をさらに逆さにして正位置に戻す高等ムーブで時間を溶かす。


「以上、我々は――」


「B.T.I.のときだけ騒音と言わなかった理由をどうぞ」


「便所だからセーフ」


「理屈の骨が折れてる」


 会場に笑いが起き、緊張がふっと緩む。

 リリアはフライパン反響板でそっと観客の笑いを温かく拾い、ちーんで整える。


 ※※※


 フェリクスが立つ。耳は空。

 発言台までの矢印を一歩ずつ踏む。

 彼はベルドとイレーネの横に並び、短く言った。


「……今しゃべれ。

 昔の沈黙を、今の言葉で払う。朝に間に合うように」


 ベルドが頷き、イレーネが目尻を拭う。

 ラズヴァルドが一歩下がって、ただ遮らない。


 ちーん。


 ※※※


 証言会の終盤、風がごぉと強まる。

 大聖堂の方角から、増幅器の木箱がごろごろ運ばれていくのが遠目に見えた。

 側面に雑な字で《鐘増幅器(試作)》。


「来ました。“鐘戦術”の音量戦」


「冷却ミント帯で周波数に勝つ。音量は拍で拾って分散」


 リリアが素早く仕様書 v0.9に追記する。

 ツバサ丸が**『(敵性デバイス検出)』**の落書きを貼る。誰が描いてるのそれ。


 ※※※


「では、一分署名」


 リリアがフライパンに砂を注ぎ、針を立てる。

 掌の仮同意――前列から後列へ、波。

 アランの小ベルがからん、ツバサ丸がクル、フライパンがちーん。


 ちーん。

 リリアが短く告げる。「受領」


 マルクが小さく肩を落とし、そしてやけくそで台に白印をぽん。

 会場がどよめく。


「……誤爆だ! 無効化してしまった!」


「前進です」


 セレスがやさしく言う。

 イレーネが笑い、ベルドが目を細め、フェリクスが胸に手を置く。


「朝までに、十一行ける」


「根拠は?」


「希望の工学」


「出た(四回目)」


 笑いと拍で会は締まる。

 遠くの空で、鐘増幅器がいやな唸りを立てる。

 だが、前庭の音は暮れゆく街へやわらかく染みていった。


 ちーん。

 からん。

 クル。


 ――“旗のない敵”の物語は、旗ではなく拍で上書きされ始めた。

 次は、十一分。延長戦だ。


(つづく)

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