第27話「“十”を越えて“十一”――対話、延長戦」

 ――停戦十一日目・朝。魔王城・中庭“十一の壇”。


 白布の天幕の下、連結フライパン×11がぐる~~りと弧を描いて並ぶ。

 参謀リリアが割り箸バトンを肩に、配線……ではなく配針をチェック中。


「ちーんの順番は左から一~十一。オーバーフローしたらちょい上げ→すっで巻き戻し」


「言語が完全に通信」


「生活魔術=通信です」


 問題は場所だ。フライパンの占有率が高すぎて、客席が猫背になっている。


「猫背会場になってる!」


「フライパンは広がる愛。木で受けます」


 アランが颯爽と登場。フライパン専用架台(木製)をこん、こん、こんと組み上げ、弧を一段持ち上げた。

 空間がすっと広がり、猫背が人間に戻る。拍手。


「職人、今日も魔術を木で殴って解決してくる」


「事実です」


 頭上をツバサ丸が旋回し、肩にどすん。水鏡に手書きスタンプが乱舞する。

 『(中継ON)』『#十一いくぞ』『(既読)』『クル(泣)←早い』


「まだ泣く場面まで行ってない」


「飾りです」


 ラズヴァルド(魔王)は喉を整え、勇者フェリクスは耳なしで椅子に座る。

 エルノアが一分砂時計を卓上に置き、ミント水を一滴。


「朝は耳が開く。十一で行きます」


 リリアが可搬タイマーの一番針を軽く弾いた。


 ちーん。(一分目)


 ※※※


 一~三分目:名乗り更新/近況


 ラズヴァルド「魔王ラズヴァルド=ネヴァン。沈黙の謝罪を更新する」

 フェリクス「勇者フェリクス。今日は遮らない。胸に拍を持つ」

 エルノア「巫女エルノア。開耳の祈りを冷偏で行う」

 セレス(客席)「修道女セレス。袖の携帯回覧印は白印に固定しました」

 マルク(第三部)「マルク=ベロナ。資料は正位置。今日は逆さ→さらに逆さを封印します」


 ちーん。ちーん。ちーん。


 ※※※


 四~七分目:設計の確認/“署名で針を戻す”分解


 リリアが木版スライドを掲げる。


『朝鐘共同儀・手順書 v0.9(要旨)』

① 共鳴木柱(アラン):風の道を作る

② 分散フライパンノード(市民):ちーんで拍を配る

③ 冷却ミント帯(祈り+水):周波数を冷やす

④ 中継(ツバサ丸):#今鳴らしたを広域に

⑤ 指揮(リリア):割り箸→スリッパ→予備割り箸

⑥ 勇者の拍(フェリクス):ワン・ツー・おすわり→よし

⑦ 署名(皆):剣より先に押す/書く


「最後の工程名“回覧印地獄”が抜けてます」


「希望の工学で天国に変換します」


「出たな最近よく出るやつ」


 マルクがそわそわと手を上げる。「えー、回覧印は地獄ではなく手続きで――」


 ちーん。(時間)


「回覧印ループ芸は拍で切ります」


 ※※※


 八~十一本目:余白――“ミリアへの手紙”


 リリアが割り箸バトンをすっと真下へ。

 場内の音が吸い込まれ、八本目の針が小さく鳴る。


 ちーん。


 フェリクスが立つ。

 白銀の肩が朝光を受け、耳は空。

 胸ポケットから、折り目のついた小さな紙片。

 彼は、自分で書いた文字列を、噛むように読む。


「――ミリアへ。

 お前のことを、俺はずっと“守る側”だと思っていた。

 でも今は、“聞く側にもなる”って決めた。

 “今は聞く”は弱い言い方に見える。でも、俺にとっては強い。

 朝の鐘に合わせて、ワン・ツー・おすわり。それから、よし。

 よしは、俺が出す。誰の命令でもなく、俺が、出す」


 ツバサ丸の水鏡に**『クル(泣)』が自動で貼られ、さらに『(ズーム)』が勝手に寄ってくる。

 リリアが無言でスタンプをぺりっ**と剥がした。プロ。


「あの日、路地で誰かが“手を繋ぎ直してくれた”。

 俺はずっと人間だと思ってた。――角を一本、折った夢を見た。

 それが誰でもいい。

 ありがとう。

 そして、今日からは、俺が繋ぎ直す番だ」


 ちーん。(九分目)


 客席の老人――ベルド・グラナが、折れ角にそっと触れただけで、何も言わない。

 フェリクスも、遮らない。

 言葉は、拍に沈む。


 ちーん。(十)

 ちーん。(十一)


 十一の輪がすべて鳴ったとき、中庭はやさしい静けさで満ちた。


 ※※※


 「――延長戦、成立。十一、完了」


 リリアの声に、ゆるい歓声。

 アランが共鳴木の小ベルをからんと鳴らす。

 ツバサ丸が肩でクルと鳴き、**『(既読×∞)』**を貼ろうとしてリリアに止められる。


「次は運用。十一を日課へ」


「朝活が制度化されていく……」


「生活魔術です」


 ラズヴァルドがフェリクスの横に並び、小声で。


「イーブンだな」


「イーブンだ」


 短い笑い。そこへ、第三部の伝令が駆け込む。木箱を指差し。


「教会側、“鐘戦術”を同時多発で! 鐘増幅器を外縁に配備、今夜同期鳴動!」


「音量戦か……周波数はミント帯で勝てる。音量は――」


「分散で受けて拍で刻む。窓辺ちーん、門からん、子ども拍手。UI矢印、夜仕様に切り替え」


 リリアが仕様書へ追記。“十一分モード→夜間バースト緩衝”。

 アランは早速、街の風の道を想像して顎を上げる。


「木は聞く。風の道を二重に。枝で回す」


「職人の言葉が今日も強い」


 マルクがそろそろと手を挙げる。資料は正位置。えらい。


「えー……その、称号再審査の“再聴”案、試聴会として――様式が一枠足りない」


「木の余白を継ぎます」


 アランが即答し、板を一枚すっと差し込んで様式を物理で満たす。

 会場、爆笑と拍手。


「物理で満たすが最強すぎる」


「事実です」


 ※※※


 解散前、フェリクスがもう一度発言台に立つ。

 手紙をそっと畳んで胸に戻し、客席を見渡した。


「“今は聞く”を積んだら、きっといつか“聞ける”になる。

 十一は、十分の一歩先。

 次も、朝から行く。夜は、怖くても拍で迎える」


 ちーん。(リリアが最後の合図)

 からん。(アランのベル)

 クル。(ツバサ丸)


 ――“十”を越えた。

 余白に、言葉が座った。


 その夜、街の外縁では鐘増幅器が唸り始める。

 でも同時に、窓辺には鍋ぶた、門には木札、手にはフライパン、胸には拍。

 夜網のノード数が手書きカウンタでじわじわ増えていく。


夜間ノード:フライパン146/鍋ぶた63/木柱22/スリッパ2(特例+新規おばあちゃん)


「新規が来た!」


「ミュート運用で」


「カスタネット了解!」


 笑って、散って、準備に入る。

 希望の工学は、今日も生活の形をとる。


 十一分の余白は、夜へと続く道標になった。


(つづく)

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