第25話 最期のメッセージ

ひとみさんにとって美緑がすべてだった事は星夜もわかってはいたが、この時、より深く理解した気がする。出て来る言葉や話題は美緑の事ばかりだ。

ただ、不思議な事に出て来る話は美緑の

『過去』の話ばかりで、『未来』を心配する言葉は一言も無かった。美緑も良い大人だ。それもあるかもしれないが、ユキちゃんの存在があったからではないか。自分は美緑を喜ばせるのにあんなに苦労したのに、ユキちゃんはたった一言で美緑に魔法をかけてしまうそうだ。ひとみさんは、ユキちゃんに対しては、

『美緑をとられる』

そんな風に接してしまったと言っていた。

この言葉でひとみさんが素直に言いたかった事は察しがつく。男の子を持つ母親なら気持ちはわかると色んな人からも聞く。その想いが強すぎたのだろう。

ひとみさんは本来『不器用な人』

なんだと思う。

人によっては『ぶっきらぼうな人』

と思われてしまうかもしれないが、言葉の通り少し意味が違う。何かを言われた側や何かをされた側はその言動を覚えている。言葉にも強弱があり、それは受け取る側によっても違うだろう。ひとみさんと美緑の事は2人にしかわからないし、言い換えれば、良くも悪くも2人だけのものだ。それはユキちゃんとひとみさんにも言えるし、美緑とユキちゃんにも言える事だと思う。ずっと一緒に過ごして来た過去は変えられないが、美緑にとっては、良く言えばこれで自由になるだろう。


美緑から仕事中に連絡があった。

ひとみさんの訃報だ。

なるべく早く仕事を片付け、星夜は美緑の家へ向かった。出迎えてくれた美緑は落ち着いた様子だった。正しく言えば、事前に覚悟が出来ていた。そんなところだろう。

ひとみさんが寝ている前で、星夜と美緑は座って昔話をしていた。ひとみさんはとても穏やかな顔をしている。美緑と2人でこんなに話したのも久しぶりだった。この時、2人は不思議な体験をした。

部屋中にパチッパチパチッという音が鳴っていた。『ラップ音』という言葉を聞いた事があるかもしれないが、主に木造住宅によってなる音という説もあれば、死者の霊魂によって引き起こされるものという説もある。そして、親や親類の霊などが、お別れを言う場合にも、ラップ現象が起きることがある。そう説明されることもある。2人揃ってからあれだけ長い時間鳴っていた音だ。しばらく美緑と星夜のそばにいて、お別れに来てくれたという事が1番しっくりくる。

「おー鳴ってる鳴ってる!」

そう言って2人で目を合わせて笑った。

「ひとみさん、美緑を産んで育ててくれてありがとう。思う存分ビールを飲んで楽しんでね!」

星夜は心の中でそう呟いた。

美緑は、ユキちゃんと結婚してとても幸せそうだ。当たり前だが、若い時とは雰囲気も変わってきた。まあそれはお互い様かもしれない。

ひとみさんの死をきっかけに、またたまに顔を合わせるようになった。美緑も様々なつっかえが取れたのだろう。会うといつもイキイキして見える。

『せっかちなマイペース』

と言う表現がピッタリだった美緑は、今は心にゆとりがあり、発する言葉も変わってきたように思う。美意識は相変わらず高いし、服好きな事もあり、今も変わらずオシャレだ。同世代の中でも若々しく見える。

『他人よりも近くにいてくれる人を大切にしたい。』

美縁のその言葉を時々ふと思い出す事がある。人生の最後、どんな死に方をしたい?

星夜がそう聞くと、美緑は

「凍死したいかな。」と言った。

「理由は?」星夜が返すと、

「形がキレイに残るから。」と答える美緑。

ニヤリと笑って星夜は、

「なるほどね。」

こんな何気ないやりとりをして、またそれぞれの日常に戻った。

この時はまだ、一緒に音楽をする事になるとは想像していなかった2人だった。


会社を退職した星夜は、まだ不安定ではあるが、だいぶ人と話す億劫さが和らいできた事もあり、少し前からボイトレを習い始めていた。きっかけは、営業マン時代によく喉を痛める事が気になっていた為。正しい発声法を学びたいと思っていたからだ。

いくつか候補があったが、直感に従って行ってみたスクールで星夜を担当してくれたのが、【友永(ともなが)先生・通称トモちゃん】だ。

小柄で華奢な体型をしていて、髪はピンク色。如何にも音楽をやっている人と言った風貌をしている。因みにこの髪色はコロコロ変わる。

先ず、ボイトレで学びたい事や悩み、こうなりたいと言った希望を聞いてきてくれた。

星夜は、話す時の正しい発声方法を知り、

しゃべりすぎて喉が枯れない様にしたい事、

もっと高音のキーも出せる様になりたい事等をトモちゃんに伝えた。

因みに星夜は、音楽を聴く事は好きだし、歌う事もそれなりには好きだが、音楽知識は全くない。音階?何それ?と言う感じで当然譜面も読めない。いわゆる音楽の授業で習った様な事すら忘れてしまっている。ただ元々声は大きく、トモちゃんからも音程はズレないですねと言われていた。全くの未知の領域に足を踏み入れた星夜だったが、ボイトレの時間はいつもワクワクしていて楽しかった。


トモちゃんは、元々ビジュアル系バンドが好きで、今も自らのバンドとユニットを掛け持ちで音楽活動を続けている。

実は星夜とは同級生だった。生まれ育った場所も環境も勿論違うが、運命の扉を開いた星夜の先生になったのが、同級生の同性と言う事に何か不思議な縁を感じる。

因みに星夜は、元々ロックが好きだった。【GREENDAY】や【Good Charlotte】等に熱狂していた時代もある。その後も様々な音楽ジャンルに触れたが、楽器を演奏してみたいと言う思いは無かった。そこには興味が湧かなかったのが謎である。今、星夜が最も好きなアーティストは【Aimer】だ。

彼女のライブには定期的に足を運ぶ。彼女には独特の声の成分がある。初めて生で歌声を聴いた時に、

『あーなんか凄く好きな声だ。』

と感じた。それ以来すっかりファンになり、

ファンクラブにも入っている。

いわゆる『推し』と言って良いだろう。

彼女は、もう十分名が知られているトップアーティストだが、過去に1度、喉を悪くしている。だがその事がきっかけで今の歌声に『進化』してきたのだ。血の滲むような努力もあったかもしれない。音源で聴くと繊細な歌声にも聴こえるが、LIVEで聴く彼女の声は、会場のどの位置にいても良く聴こえる。これは1流アーティストが共通して持つ力強さだ。

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