第26話 ボーカリスト
単純に曲を聴く事を楽しむ為に行っていたLIVEだったのが、ボイトレを習う様になってから、気づけば、各アーティストの発声の仕方や、ライブパフォーマンス、そして、表現力等を観察する様になっていた。
世に認知されている人気アーティスト達は皆、『響き』が違う。
近年だと、例えば【vaundy】は、音域も広いのがわかるが、『鼻腔共鳴』すなわち鼻に抜ける響きが心地良い。遠くからでもわかるかわいい、丸いシルエットだが、音に歌声が全く負けず良く届く。
実は鍛えてるのか?あの若さであの表現力が出せるのも凄いとしか言いようがない。
彼は『生み出す能力』が高い様に感じる。
リリースされる曲は毎回雰囲気が違い、タイアップされる曲も独自の世界観を押し付けるだけではなく、作品に寄り添っている事がわかる。そんな人間性も併せ持っているからこそ、彼の周りの人間達もついていくのだろう。今後も素晴らしい曲を沢山世に出して貰いたい。
推しのアーティストは【Aimer】だが、これまでに行ったLIVEでとても衝撃を受けたのが【Ado】だ。
彼女は何というか…。積んでるエンジンが人と全く違う様に感じた。YouTube等でも自らの曲以外にカバー曲を披露する事が多い彼女だが、どんなジャンルの曲を歌っても彼女が歌うと何だかドラマティックに聴こえる。どことなく昭和の匂いも漂いながら、海外アーティストの様な圧倒的な声帯で場を掌握してしまう。
LIVEでも顔は見えないが、シルエットを目で追う限り、かなり体を動かしたパフォーマンスを見せる。体幹が強くそれなりに鍛えてはいるはずだが、どんな態勢からでも歌声が届く。
ボイトレを学んでいる最中の星夜としては、
彼女は理解し難い存在だと感じた。
日本には今、凄いアーティストが沢山いる。
こうした経験は、ただ五感を刺激するだけでは無く、学ぶ事が多い。トモちゃんに教えてもらった事をインプットし、アウトプットしていく過程で、プロのアーティスト達の凄さを実感するのだ。
カラオケに行くと採点機能というのがある。
カラオケ好きな人なら1度はやってみた事があるだろう。音程やリズム、ビブラート、ロングトーン、表現力…。DAMやJOYSOUNDでも違いがある様だが、曲の音域もわかる為、自分の音域に合うかどうか、自分の音域が少しでも広がってきたかどうかが多少目安になる。
音域とは単純に、その曲の1番低い音と1番高音なところがわかる。アーティストの声質にもよる為、多少の誤差はあるはずだ。星夜は、ボイトレで学んだ事の実践と反復をヒトカラ(1人カラオケ)で黙々と練習していた。
『歌が上手い人』というのは、どの様な人の事を言うのだろうか。高音が出る人?音域の広い人?リズム感のいい人?肺活量のある人?中々判断が難しい。まあそのどれも兼ね備えている人かもしれないが、現代では歌が上手い人は多いと思う。星夜もこれまでの人生の中で、自分の身の回りにいる人で歌の上手い人は何人も見てきた。美緑もその1人だし、日本人だけでは無く、他のアジア人や多国籍の様々な国の人の歌声を聞いた経験もある。ただ、その歌声で人を感動させられるか、感情を揺さぶられる何かがあるかとなると、かなりマイノリティになると思う。
いわゆる『グッとくる』歌声とは何だろうか?プロのアーティストにも是非、聞いてみたい事の1つだ。
感動させられるアーティストの特徴の1つに、『その曲の世界観が伝わる』
と言う事がある様な気がする。曲には音があり、リズムがあり、歌詞があるが、言葉には喜怒哀楽や起承転結がある様に、どんな曲にもストーリーがある。
子供の頃に、1度は紙芝居を見た事があると思うが、興味をそそられる紙芝居と言うのは、物語が面白いと言うよりも、その紙芝居を読む人の語り方や言葉の抑揚に感情が揺さぶられるものだ。歌も何だかそれに近いものがある様に思う。とは言っても星夜はまだ、ただの素人だ。話半分に聞いて貰えれば良い。
トモちゃんとは同じ年という事もあり、何でも話せるし、トモちゃんもダメなものはダメと指摘してくれる。星夜は音楽の素人なので、自分の中での違和感や葛藤を言語化出来ない事がある。そういう時は、トモちゃんが幾つか玉を投げてきてくれて、その中に答えが見つかる。
人に物を教えると言うのは根気が必要だと思う。そこは星夜も良く理解している。
結局はどんなジャンルでも、『伝える』ではなく、『伝わる』が大事なはず。
トモちゃんは、星夜の先生としてピッタリの人だと思う。星夜の都合もあり、途中からは『ジャンカラ』がもっぱらボイトレの場所になった。ジャンカラは全国チェーンのカラオケ店で、駅近に良くあるイメージだ。
ここではインプットを直ぐにアウトプット出来るし、大きな声を好きなだけ出せるので、トレーニングには打ってつけだと思う。しかし、思う様にイメージした声が中々出ない。
『歌はスポーツと一緒』
とトモちゃんは良く言う。小柄で華奢な体だが、2リットルのペットボトルを息を吸って簡単に凹ませる。あれだけ吸えるとリズミカルな曲にも呼吸が対応しやすい。そして吐く力も強い。その体幹の強さに、正しい発声方法が備わればと想像すると何だかワクワクしてくる。
星夜にとって、ボイトレは日々、ワクワクの連続だ。『脱力』を学ぶ為に、2人四つん這いになって練習する事もある。これは意外にも胸やお腹に無駄な力が入らない為、声が出やすい。
側から見たら、さぞ滑稽な姿だろう。
おっさん2人で何やってるんだ?と笑われるかもしれないが、実は理にかなったユニークな練習法なのだ。
ボイトレを続けている最中、どうしても歌声が『前方に』強く届かない。これはどう言う事かと言うと、舌の奥が下がり、喉が締まりやすくなっていて、尚且つ下顎に力が入っている。自分が知らない間にブレーキをかける様なクセがついていて、一見は優しい歌声の様だが、こもって聞こえるのだ。まだ鼻の響きも弱い為、録音した自分の歌声を聞くとガッカリする。
星夜は元々、子供の頃からとにかく声が大きい。周りからはよくうるさいと言われて育ってきた事もあってか、声のボリュームに様子を見ながら話すクセがついてしまっていた。長年のクセと言うのは厄介な物だ。
そんな星夜を見て、トモちゃんはある提案をしてくれた。
「成田さん、今度人前で歌ってみませんか?」と言うのだ。
聞くと、ボイトレの生徒さん達の発表会を兼ねた、小さなLIVEを定期的に行っているらしい。バーの様なところで、店の奥にステージがあり、そこで、順番に歌を披露していくらしい。お店自体も、30名前後の席が用意出来るところだ。星夜は勿論参加しますとトモちゃんにお願いした。
歌を人前で歌う。
星夜は、ボーカリストとしての小さな一歩を踏み出した。
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