第24話 矢田美緑
そして休職期間を経て、星夜は13年勤めた会社を退職した。
振り返ってみると、やはり苦しい事の方が圧倒的に多かった。自分の限界値の様なものを上げてくれるのは苦しみや痛みなのか…。正解はわからない。素晴らしい会社で働かせてもらった事、この会社で見た事の無い景色も見せてもらった事。そして、今後も会って話がしたいと思える人達にも出会えた事。これは全て事実で、この会社に入社しなければめぐり逢えなかったものばかりだ。
もちろん今後もこの会社を応援しているし、
会社の成長と共に、ここにいる大好きだった人達とこれからこの会社の新しい仲間になっていく人達の活躍を心から願っている。
ありがとう、中部建設株式会社。
そして、さようなら。
最初にも少し触れたが、
【矢田美緑】(ヤダミロク)は、星夜とは保育園時代から知り合い、小学校、中学校、高校、全て同じところに通っていた。中学時代はサッカーのクラブチームに星夜と共に通っていた。ずっと同じ時代を近くで過ごしてきた。
血液型も一緒。そして、誕生日まで一緒。
なので、どの占いでも同じという事になる。
だからと言って、占いを信じる信じない以前に、性格まで一緒という事は無い。
物心ついた時から気づけば近くにいて、あれよあれよと関係も続いてきた。
美緑は電車や飛行機が好きで、おばあちゃん子だった。子供の頃から体も大きく、何に対しても割と好き嫌いがハッキリしている。
運動神経も良く、とにかく足も速かった。
スポーツの才能もありそうだったが、あんなに一緒に続けたサッカーも、
『別に好きじゃなかった。』と言う。
美緑は子供の頃から、『自分の考えや直感』に従っていて個性的だった。『気難しい』とか『よくわからないやつ』とも言われていたが、不思議と星夜は美緑と大きな喧嘩をした記憶がない。
美緑は母子家庭で育った。
母である【ひとみさん】は、美緑を1人で育てた。星夜は、ひとみさんには可愛がって貰った記憶しか無い。
会う度にこんなに『せーくん、せーくん』
言って来る人も稀だったので、何だか不思議な人だなぁと星夜は感じていた。ひとみさんは、昔から美緑の事が可愛くて可愛くて仕方ないといった印象だった。
美緑は15歳の時、【LUNASEA】に興味を持った事から音楽にハマる。【Dragon Ash】や【RISE】等もよく聞いていた。高校時代にはバンドも組んでボーカルをやっていた。20歳ぐらいの頃には、他にも好きなファッションにも没頭して、一度バンドを辞めるも、25歳ぐらいの時に再び音楽活動をしていた。
勿論、星夜もライブを見に行った事があるし、いわゆる『ハイトーンボイス』で高音が印象的。美緑は歌が上手かった。
この時に、美緑は『運命の出会い』をする。
小柄で可愛い【ユキちゃん】という女の子。
後に美緑の妻になる子だ。
星夜は、美緑の歴代の彼女達には大体会っているが、これまでのどの子とも違い、
ユキちゃんは『自立している』
そんな強さのある子だ。
『自分より人を大事にするところ』
そんなところに彼女からの学びを得たという。20代後半ぐらいから、30代半ばぐらい迄の数年間、美緑と星夜は、忙しい毎日を過ごしていた事もあり、この期間はめずらしく互いにどんな事があったのかを良く知らない。
まあ、それまでが近くにいすぎただけで、男友達とは本来それが普通だろう。
30代になり、互いに家族が出来て平穏な日々が進んでいく中、久々に美緑から連絡があった。「おう、元気?」
ここ数年、お互いの誕生日おめでとうの連絡もしていなかったので、声を聞いた時に少し懐かしく感じた。だがそれも束の間、その連絡の内容は衝撃的なものだった。
「実は母が病気でさ。ALSって言うんだけど知ってる?」
ALSとは、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)という名称で、
手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気だ。
ひとみさんはもう既に寝たきりで、余命宣告もされているという。星夜はあまりの驚きに言葉を失った。
「星夜の名前がよく出るんだよね。良かったら会いに来てあげてくれないかな。」
美緑がそういうので、勿論星夜は会いに行く約束をした。思えばひとみさんに会うのもかなり久しぶりだ。あのおしゃべりなひとみさんはもう話せないのだろうか?そんな事を考えながら美緑の家に到着した。
目の前にいたのは、ベッドに寝たきりで
『おしゃべりなまま』のひとみさんだった。「あらせーくん!久しぶりだね!嬉しいわぁ!」
そう言って星夜を迎えてくれた。
隣には美緑もいる。会うのは久しぶりだ。
「あれっおばさん良いベッドで寝てるね!」
星夜の第一声は、久しぶりに会った
『元気なひとみさん』に対してと同じテンションだった。本当はひと目見て深刻さがわかっていた。その日は美緑もいたので、当たり障りのない久々の会話を楽しんだが、また直ぐに会いに来る約束をして、星夜は帰って行った。
それ以降は、星夜は何度か1人でひとみさんに会いに行った。なんとなくだが、ひとみさんは美緑のいないところで話したいのではないかと感じたのだ。時折、ヘルパーの方達が来てくれるが、基本的には2人で色んな話をした。1人で美緑を育ててきたので、ずっと不安だったそうだ。男の子なのでなめられてはいけないと、よく虚勢をはっていて、手をあげる事もあったし、どうして良いかわからず美緑には悪いなと思っている。そう、包み隠さずはき出してくれた。
女手ひとつで男の子を育てるとはどのような世界なのだろう。ひとみさんは看護師だった事もあり、自分の病気がどういうもので、どれだけの時間が残されているのか、何となくわかっていたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます