第二章:文通と受験と、すれ違い
小学校の終わりが近づくころ、周囲はどこかざわつき始めた。
制服、受験、塾、志望校……。
「このままずっと一緒」なんて思っていた世界に、次のステージが現実として立ちはだかる。
奏汰は、中学受験をすることになった。
両親は薬剤師として調剤薬局を営んでいたが、奏汰には医師になってほしいと願っていた。
「私たちを超えていってほしい」――それは本気の願いだった。
仕事で医師に意見しても「余計なお世話だ」と言われたり、薬局に来る患者にぞんざいに扱われたり。
プライドを傷つけられることも多かった。
だからこそ、「医師になれば、もっと尊敬されたのに」という思いが、奏汰への期待に変わっていった。
奏汰は一人っ子だった。その期待を、すべて受け止めた。
得意の読解と計算は、目に見えて武器になった。
受験勉強の中で、他の友達との遊びの時間は少しずつ減っていった。
けれど、千穂との関係だけは変わらなかった。
一方の千穂は、公立中学に進むことを迷わず選んだ。
友達が多く、どこかのびやかに生きている千穂にとって、受験という選択肢はあまり現実的ではなかった。
進学先が決まり、卒業が近づいたころ。
二人はまた、少し距離を置いたまま、それでも“特別”であろうとした。
携帯電話がまだ普及していない時代。二人は、手紙をやりとりすることにした。
封筒を選び、便箋に名前を書き、ポストに投函する。
それだけで気持ちが通じるような気がした。
奏汰が中高一貫の私立中学に合格したときも、千穂は「おめでとう」と手紙で伝えてくれた。
文化祭にも来てくれた。友達を連れて校舎を回り、奏汰の所属する美術部の部室に立ち寄った。
みんなで他愛もない話をして、帰り際に「またね」と笑った。
けれど、文通は、いつまでも続くものではなかった。
ある日、千穂から「高校はB高校に受かったよ!」という明るい便りが届いた。
奏汰は「B高校って、難しいって聞いたよ。大変かもね」と返事を書いた。
たぶん、それは悪気のない一言だった。
奏汰はその高校のことをよく知らず、ただ親から聞いたままの情報を、そのまま書いただけだった。
でも、その手紙を境に、千穂からの返事は来なくなった。
それが、彼女のプライドを傷つけてしまったのだと気づいたのは、ずっと後になってからだった。
文通は、終わった。
ふたりの心が離れたわけではない。
けれど、タイミングも、環境も、ほんの少しずつ、二人をすれ違わせていった。
それから三年間。
奏汰は勉強に打ち込み、学年首位となり、全国模試でも名前が載るようになった。
「医学部に行くのが当たり前」――周囲はそう言った。
千穂もまた、美術と学業を両立させ、教育学部の美術専攻を目指していた。
画家の父を持ち、幼いころから筆を握っていた千穂にとって、それは自然な選択だった。
家にお金はなかった。だからこそ、「美術の先生になる」という目標に、静かに火を灯していた。
そして、運命は少しだけ、二人に再び交差する道を用意していた。
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