第三章:再会、入学式の日
春の光が、まだ少し冷たい風に揺れていた。
大学の入学式。期待と不安を抱えた新入生たちが、晴れやかな服に身を包み、会場のホールへと吸い込まれていく。
その外れ、駐輪場のあたりで――
奏汰は、ふと懐かしい声を聞いた。
「奏汰!」
振り返ると、そこに千穂がいた。自転車を押しながら、友達と談笑していた彼女が、ぱっと奏汰の姿に気づいて手を振ってきた。
「同じ大学なの? 何学部?」
千穂は変わっていなかった。相変わらず明るくて、まっすぐだった。
「医学部。そっちは?」
奏汰は少し照れながら答えた。
「みんな医学部行くよね〜。私は教育学部、美術専攻。」
そう言って、にこりと笑った千穂の横顔に、かつて文通が途切れたあの日の記憶が、ふとよみがえった。
あのとき、傷つけてしまったのかもしれない——そんな後悔が、言葉の奥に影を落とした。
それでも、千穂は迷わず言った。
「メアド、交換しようよ。」
それは、ちょっとした奇跡だった。失われたはずの時間が、ふたたび動き出すような感覚。
奏汰は嬉しかった。あの頃の自分が、また千穂とつながれる気がして。
けれど、連絡先を交換しただけで、何かが大きく変わるわけではなかった。
奏汰は医学部の勉強に追われていた。
千穂もまた、サークルやバイト、授業に忙しく、メッセージを送るタイミングをつかめないまま、月日だけが静かに過ぎていった。
会おうという話も出ないまま、連絡は次第に途絶えていった。
――また、少しずつ、距離ができていく。
別にケンカをしたわけでもない。
でも、お互いの生活が、お互いを「思い出」の中に押し込んでいく。
思い出の中では、誰も傷つかず、誰も近づかないまま、ただ、遠ざかっていくだけだった。
千穂は、あの頃のまま、きっといい友達でいてくれただろう。
でも、現実は、目の前の単位、試験、レポート、課題に埋もれていく。
奏汰は、ただ黙々と日々をこなしていた。
それが、大学生活というものだと信じながら。
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