第一章:砂場と仔馬と駄菓子屋と

2000年ごろの話。まだ携帯電話も当たり前ではなかった時代。

奏汰と千穂は、小学校に上がってから仲良くなった。幼なじみというには少し遅い出会いだったが、そんなことは関係なかった。

最初に打ち解けたのは、学校の砂場だった。二人でしゃがみ込み、無心でお城を作った。手が泥で汚れることも気にせず、夢中になってトンネルを掘った。お互いの顔に泥が跳ねても、ただ笑っていた。

おもちゃを埋めて、宝探しをして。ジャングルジムでは鬼ごっこ。走って、笑って、転んで、また笑って。からかわれることもあったけど、そんなのどうでもよかった。

千穂にとっても、奏汰にとっても、お互いは“かけがえのない”友達だった。

千穂は、姉と弟がいる3人きょうだいの真ん中。父親は画家で、家にはちょっと変わった空気が流れていた。旅行に行くといっても、車で寝泊まりして全国の美術館を巡るのが定番。お金はなかったけれど、その分、印象に残る思い出はたくさんあった。

そして、千穂の家には――なぜか仔馬がいた。

「なんで馬がいるの?」と奏汰が聞いても、千穂は「うち、馬がいるんだよね」とだけ言って、まるで猫でも飼ってるかのように笑っていた。理由なんて、どうでもよかった。

ただ、千穂の家に行くたび、仔馬がいる風景は、奏汰の心に小さな魔法をかけた。

奏汰の家は調剤薬局だった。両親はどちらも薬剤師で、いつも忙しそうだった。

お道具箱の中はぐちゃぐちゃで、給食で残したパンは机の奥に押し込まれて、カビが生えていた。先生にはよく叱られたけど、それでも友達にはなぜか好かれた。

昆虫が好きで、図鑑を何冊も読んだ。夏には昆虫採集に夢中になり、観察ケースにびっしりと標本を詰めて学校に持って行った。「昆虫博士」なんて呼ばれることもあった。

構造を見抜く力に優れていて、立体的な絵を描いたり、紙粘土でリアルな昆虫を作ったりもした。

そんな奏汰を一番に認めてくれたのは、同居していた祖母だった。

家は違う学区の端と端。だけど、自転車をこげば行き来できる距離だった。

奏汰はときどき千穂の家を訪ね、近くの駄菓子屋に一緒に寄った。

年老いたおばあちゃんが一人でやっている、ちょっとくたびれた店。お菓子の賞味期限が切れていることもあったけど、誰も気にしなかった。

「くじ」や「当たりつきグミ」、数十円で買える夢が、ぎゅっと詰まっていた。コンビニでは味わえない空気があった。

塾に通う子も、通っていない子も、あの駄菓子屋だけは平等だった。

そして奏汰と千穂にとっても、そこは、ただのお菓子屋ではなかった。

たくさん話して、笑って、寄り道して――そこにしかなかった、時間と空気があった。

まだすべてが曖昧で、まだ何者でもなかった頃。

その曖昧さこそが、自由だった。

二人は、ただ自然に惹かれ合い、友達になっていった。

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