第4話

 このままでは、自分という存在が別の何かに書き換えられてしまう。身の危険を直感した美咲は、この怪異の正体を突き止めるべく、調査を開始した。彼女はまず、あのまとめサイトに掲載されていた、過去に「所在が確認できなくなった」と噂される儀式の実行者たちのアカウントを、一人ひとり丹念に洗い直した。


 最初に、ある法則性が見つかった。とあるアカウントの、例の儀式に関する投稿。その「いいね」の数が、44,444という不吉な数字で完全に停止している。他のいくつかのアカウントでも、同様の傾向が確認できた。


 仮説1『閾値説』。この怪異には、ある一定の反応数というトリガーが存在するのではないか。これが、リミット……?その閾値を超えた時、実行者の身に何らかの不可逆的な変化が発生する。美咲はそう推測した。


 次に彼女が着目したのは、アカウントの活動記録だった。別の実行者のアカウントでは、儀式投稿の数日後、友人と思われる人物から「最近のお前、なんか変だぞ」「これ、本当に本人が更新してる?」という趣旨のリプライが送られている。


 仮説2『模倣説』。その言葉が、自分のギャラリーにあった無数の「別の私」の画像と重なる。失踪とは、物理的な消失を意味しないのかもしれない。アカウントの主体が、本人ではない“何か”に乗っ取られ、あたかも本人が活動しているかのように模倣を続けているのではないか。


 調査を続けるうち、美咲はさらに奇妙な符合を発見する。彼女がギャラリーで見つけた、あのノイズ模様。ネットで「Sphere 画像 ノイズ」と検索をかけると、技術系のフォーラムで、それとよく似たアーティファクトが報告されていた。Sphereが最近のアップデートで試験的に導入した「AIによる自動補正機能」をオンにすると、特定の条件下で撮影された画像の一部が破損するというのだ。


 仮説3『AI攪乱説』。これだ、と美咲は思った。オカルトなどではない。これは技術的なエラーだ。ならば、対処できる。儀式の本質は、特定の条件下で撮影された画像データが、SNSプラットフォームの画像解析AIに予期せぬバグを引き起こし、その補正過程で生成されるノイズが、閲覧者の脳に何らかのサブリミナルな影響を与えているのではないか。そして、その結果として、異常な数の「いいね」が誘発される。


 一筋の光明が見えた気がした。原因がプラットフォーム側の技術的な問題であるならば、対処法も見つかるはずだ。美咲はSphereのアプリ設定を隅々まで確認し、深く隠された項目の中に、問題の「AIによる自動補正機能」をオフにするトグルスイッチを発見した。震える指で、彼女はそれを無効にした。そして、祈るような気持ちで、まったく無関係な、窓の外の風景を撮影して投稿した。


 すると、どうだろう。あれほど鳴りやまなかった通知の嵐が、嘘のように静かになった。例のセルフィーの「いいね」数のカウンターも、ぴたりと増加を停止している。


 回避できる。この怪異は、制御可能だ。安堵から、美咲の口元に久しぶりに笑みが浮かんだ。涙が出そうだった。


 世界から、ノイズが消えた。大学の講義は再びその内容を頭の中に届け、友人たちの他愛ない会話が、以前のように苦痛ではなくなった。スマートフォンの通知が静かであることが、これほどまでに心地よいとは知らなかった。彼女は、自らの手で日常を取り戻したのだ。デジタルな亡霊は祓われ、世界は再び、確かな輪郭を取り戻した。もう、あんな馬鹿なことはしない。普通の、静かな毎日でいい。

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