第3話
儀式の翌朝。美咲が目にした通知の件数は、数千に達していた。フォロワー数も、見たことのない速度で増加の一途を辿っている。昨夜までの停滞が嘘のような、爆発的な反応。高揚感が、彼女の全身を駆け巡った。自分の存在が、世界に観測され、評価されている。その事実が、麻薬のように彼女の思考を痺れさせた。大学へ向かう足取りは、昨日までとは比べ物にならないほど軽かった。すれ違う誰もが、自分の投稿を見たのではないか。そんな万能感さえ覚えていた。
数日が経過しても、異常な増殖は止まらなかった。スマートフォンの通知音は鳴りやまず、バイブレーションは机の上で不気味な音を立てて震え続ける。講義中もポケットの中で微かな振動が続き、教授の声が、その振動の向こう側から聞こえてくるようだった。設定から通知をオフにしても、画面を開けばロック画面は通知で埋め尽くされている。それはもはや祝福の洪水ではなく、制御不能な情報の暴力だった。高揚感は徐々に薄れ、代わりに正体不明の不安と、絶え間ない刺激による疲労が蓄積されていった。
やがて異変は、デジタルの領域を越えて日常を侵食し始めた。大学の構内を歩いていると、誰かに見られているような感覚に襲われる。カフェテリアで、電車の中で、無数の視線が突き刺さる錯覚。気のせいだ、自意識過剰だ。そう自分に言い聞かせても、感覚は消えない。ある日の帰りの電車、ふと車窓の反射に目をやると、背後の乗客たちが、まるで示し合わせたかのように、一斉にこちらへスマートフォンを向けている――ように見えた。慌てて振り返る。だが、そこにいるのは、談笑する学生や、文庫本に目を落とす老人ばかり。誰も彼女のことなど気にも留めていない。しかし、一度芽生えた疑念は、現実の風景にノイズのようにまとわりつき、彼女の知覚を静かに歪め始めていた。
決定的な異常は、その夜、スマートフォンのギャラリー内で発生した。何気なく開いたそこに、見覚えのない写真データが、まるで最初からそこにあったかのように紛れ込んでいる。それは、数日前に彼女が投稿したセルフィーと酷似していた。しかし、アングルが、表情が、照明の当たり方が、ミリ単位で異なっている。まるで、無数の可能性の中から選び出された、別の「私」。そして、それらの画像の隅には、必ず同じ模様が写り込んでいた。QRコードのようにも、何かの回路図のようにも見える、意味のわからない黒いノイズ模様。それは、まるで観測者によって付与された、分類のためのタグのように見えた。背筋を冷たい汗が伝う。これは、誰が、何のために?
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