第2話

 数日後の深夜。衝動、としか形容できない感情に突き動かされ、美咲は自室を抜け出していた。人通りのない、静まり返った公共の場所。彼女が選んだのは、閉鎖された駅ビルの正面玄関だった。ガラス張りの自動ドアは内側からシャッターが下ろされて固く閉ざされ、その表面が街灯の光を鈍く反射している。


 スマートフォンを構え、カメラを起動する。彼女はレンズを、自らの姿を映すガラスの自動ドアへと向けた。そこに映る自分の顔は、寝不足と不安で精彩を欠いていた。こんな顔で、本当に「いいね」がもらえるのだろうか。一瞬、馬鹿げた行為に思えて踵を返しかけたが、ポケットの中のスマートフォンが、まるで彼女を嘲笑うかのように静まり返っていることを思い出し、思い直す。彼女はその虚像を被写体として、慎重に構図を調整する。シャッターを切る、ほんの一瞬。ガラスの向こう側、自分の輪郭のさらに奥に、自分ではない“何か”の影がよぎった気がした。だが、それはあまりに一瞬の出来事であり、彼女はそれを単なる錯覚として処理した。


 テキスト入力欄に、例のハッシュタグを打ち込む。そして、投稿ボタンを押した。


 直後、タイムラインに変化はない。やっぱり、ただの噂だったんだ。安堵と、微かな失望。彼女はため息をつき、帰路についた。冷えた自室のベッドに潜り込み、就寝前に何気なくSphereを確認する。その時だった。


 通知が、一件。


 画面上部に表示されたバナーには、見知らぬアカウント名と「あなたの投稿に『いいね』しました」という無機質な文字列が並んでいた。心臓が跳ねる。そして、それを皮切りに、堰を切ったように通知が鳴り始めた。一件、また一件と、連続的に着信する電子音。画面は通知のバナーで埋め尽くされ、彼女は呆然とそれを見つめることしかできなかった。嘘、でしょ…?指が震え、画面をスクロールすることすらできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る