4章-第3話

とうまは、宮廷の医療班による応急処置を受けるも、腹部の黒い痣は広がり続け、彼の容体は悪化の一途をたどっていた。

ミヤビたちは図書館のありとあらゆる文献を漁り、呪いの解き方を探したが、とうまにかけられた呪いに関する記述はどこにも見つからなかった。


「くそっ、お手上げだ……!」


かけるは、悔しそうに本を床に叩きつける。その音に、みちるが静かに口を開いた。


「宮廷の文献にないなら、聖教の文献を漁るしかないわね」

「んなもの、どこに……」

「心当たりがあるわ」


みちるは、宮廷の地下牢へと続く階段を下りていく。かけるとミヤビは、その後に続いた。

湿った空気と石壁の冷たさが、牢の奥まで満ちている。鎖の擦れる微かな音が、暗がりの奥から聞こえた。

そこにいたのは鎖に繋がれた男――りんたろうだった。

 

「彼は裏切りの罪で捕まっている。でも、聖教については私より詳しい」

 

みちるが言い終える前に、かけるが声を荒げる。

 

「正気か?」


みちるは応えず、りんたろうに問いかけた。

 

「とうまの呪いについて、何か知ってる?」


りんたろうはしばし沈黙し、二人を見据えてから口を開く。


「あれは、普通の呪いじゃありません。宮廷の文献に載ってないのも当然でしょう」

「どういうことだ?」


かけるが尋ねると、りんたろうは続ける。


「その呪いは、星核の奇跡の一つだ。聖教の教義に反した者、あるいは星核に仇なす者に対して、命を奪うための呪い。呪いというより、死に至る病に近い。だから、普通の治癒術では治せない」

「じゃあ、どうすればとうまは助かるの……?」


ミヤビが震える声で尋ねる。りんたろうは、少し考えた後、答えた。


「星核に治してもらうしかない」


その言葉に、ミヤビはハッとしたように顔を上げ、りんたろうを見つめた。


「……星核に、治してもらう?」


彼女の言葉に、りんたろうは静かに頷く。


「星核の、あの奇跡そのものを逆に利用するのです」


ミヤビは、決意を固めたように、りんたろうに向かって言った。


「……もう一度、潜入しよう」


かけるは眉をひそめ、即座に反対する。


「正気か? 前回はとうまが重傷で、つむぐとつづるも奪われたんだぞ」

「だからこそ……!」


ミヤビは机を叩いた。


「彼らを、このまま枢機卿の人形にしておくわけにはいかない。とうまも、時間がない」


沈黙を破ったのは、地下牢の鎖の音だった。

りんたろうが口元に笑みを浮かべ、鎖を軽く揺らす。


「やるのならば、やり方があります。正面突破は無理でも、星核の奇跡は、発動の瞬間にこちらからも干渉できるはすです」

「干渉……?」


かけるが怪訝そうに眉を寄せる。


「記憶操作の光を、逆に『送り返す』んです。枢機卿が力を使った瞬間、同じ波をぶつければ、記憶の上書きを逆流させられる。うまくいけば、洗脳は解けるでしょう」


みやびは、息を詰めてりんたろうを見つめた。


「それなら、つむぐもつづるも――」

「助かる可能性はある。ただし……」


りんたろうは声を低くする。


「逆流させるには、星核の至近距離まで行く必要があります。つまり、枢機卿の懐に飛び込む必要があるのです」


場の空気が一気に張り詰めた。

ミヤビは、その危険を理解したうえで頷く。


「構わない」


とうまが、ふらつきながらも地下牢の入口に立っていた。


「……行くなら俺も行く」

「ダメだよ。怪我が酷いし……」

「俺はあなたを一人で行かせられない。呪いで動けなくなるその瞬間まででも、盾になれる」


その目には、痛みを押し殺す覚悟が宿っていた。


作戦は急ピッチで練られた。

りんたろうは牢から一時的に釈放され、みちると共に偽造の信徒証を用意。

そしてミヤビは、信徒を装い星核の儀式に潜入し、つむぐとつづるに接近する役を担うことになった。


ーーーー


夜の宮廷医務室。

外の風が窓を揺らすたび、薄いカーテンがわずかに波打った。

ベッドに横たわるとうまは、呼吸を整えるたびに胸元の包帯がかすかに動く。腹部の黒い痣は、医師の薬草でも止まらず、ゆっくりと広がり続けていた。

ミヤビは椅子を引き寄せ、彼のそばに座る。


「……まだ痛い?」


そう声をかけながらも、自分の手がとうまの手をそっと握っていることに気づく。

とうまは、少しだけ視線を彼女に向けて、かすかに笑った。


「……心配しすぎだ」

「心配するに決まってるでしょ」


みやびは声を抑えたが、その震えは隠しきれなかった。


「今も苦しいんでしょ? 明日、一緒に行くなんて……」

「……前にも、俺はこうして守られたことがあった」


とうまが、ゆっくりと天井を見上げる。


「まだ子どもの頃、村が盗賊に襲われたんだ。その時、駆けつけきた宮廷騎士がいた。

鎧のきしむ音と剣の音だけが、心臓の鼓動よりも大きくて……俺を背中にかばって、最後まで戦ってくれた」


その瞳には、今でも鮮やかに焼き付いている光景が映っているようだった。


「かっこよかった。……だから、俺も騎士になった。怯えて怖がる者が一人でも減るように。宮廷騎士は常に強く偉大で、かっこよくなきゃいけない」


とうまは少し息を吐き、握られた手を弱々しくも握り返す。


「憧れた騎士になれたから……今も、そうであり続けたい。たとえ、呪いで動けなくなる瞬間まででも、俺は宮廷騎士としてあなたを守り抜く」


ミヤビの胸が強く締めつけられる。

彼の言葉は、痛みに耐えながらも笑みを保とうとする顔と重なって、どうしようもなく胸に響いた。


「……分かった。でも、無茶だけはしないで」

「それは、あなたにも言うべきだな」


とうまは口元だけで笑い、まるで子どもの頃に見た憧れの騎士の面影を、自分の中に探しているかのように、目を閉じた。

ミヤビは、手を離さないまま、その横顔をずっと見つめていた。

外では、明日を予感させる冷たい夜風が、宮廷の塔を静かに撫でていた。

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