4章-第2話

つむぐ、みやび、つづるの3人は、信徒たちへの聞き込みや、つづるが書庫から持ち出した資料の分析を重ね、ついに一つの結論に達した。


「聖教のトップ……枢機卿が、『星核』そのものだ」


つむぐは、静かにそう断言した。

資料によると、枢機卿は「星核」がもたらしたとされる「奇跡」を、最も間近で体験した人物だとされている。

しかしその奇跡は、彼自身の記憶操作によって作り出されたものだった。


「枢機卿は、自らを『星核』とすることで、聖教の絶対的な支配者になろうとしてる。

そして、反対する者を次々と記憶操作によって信徒に変えてきた」


つむぐは、悔しそうに拳を握りしめる。

ミヤビもその事実に戦慄を覚えた。


「じゃあ、私たちが出会った信徒たちの不満も、もしかしたら……」

「ああ。不満を抱いていたのは事実だけど、その後、記憶を操作されて、心酔する信徒になったのかもしれないね。何が怖いって本人はそのことに気づいてない」


つむぐは、深く頷いた。


「このままでは、聖教の支配は加速する。枢機卿を止めなきゃ」


3人は、枢機卿を祭壇に呼び出し、その正体を暴くための計画を練り始めた。

しかし、その計画を遂行する前に、事態は急変した。

つむぐが地図を広げ、ミヤビとつづるに計画を説明していると、窓の外でかすかな物音がした。

ミヤビが顔を上げると、暗闇に揺れる影が一瞬見えた。


「……何かいた?」

「ううん、何でもない」

 

ミヤビは首を横に振った。

しばらく話をしていると、不意に扉がノックされ、部屋の空気が凍りついた。

そこに立っていたのは見慣れた白衣の男、そしてその後ろには枢機卿が立っていた。


「……何のご用ですか」


つむぐは、冷静を装って尋ねる。

枢機卿は、にこやかに微笑み、部屋の中へと入ってきた。


「君たちの病は、我々聖教の力をもってしても、治すのは難しいようだね」


枢機卿はそう言った瞬間、突然、部屋を切り裂くような白光が放たれた。

つむぐとつづるは、その光に目がくらみ、思わず目を閉じた。

それはただ明るいのではない。視界を奪い、皮膚を焼くような熱を伴い、耳鳴りのような低い唸り声まで響かせる。


ミヤビは反射的に顔を背けたが、光の中にいる二人の輪郭だけが、くっきりと残像となって網膜に焼き付いた。

光が収まるとつむぐとつづるは、胸に十字架を抱き、跪いていた。

その瞳からは色が消え、空っぽな硝子玉のようになっていた。


「つむぐ……つづる……?」


みやびが、震える声で呼びかける。

しかし、二人は、みやびの顔を見ようとしない。


「異端の魔女よ。我が主、星核に仇なす者は、この世から消えねばならない」


信徒に変えられたつむぐは、無表情にそう言い放った。

つづるもまた、同じように冷たい目でみやびを見つめている。


「君は、邪悪な魔術で人々を惑わす者。だが、もう安心だ。この私と我が信徒たちが、君を救ってやろう」


枢機卿は、慈悲深い表情でそう言った。

みやびは、二人の変わり果てた姿に、絶望に打ちひしがれる。


「……違う。つむぐも、つづるも、こんなんじゃない……!」

 

ミヤビの脳裏に、つむぐの軽快な笑顔や、食えない笑みを浮かべるつづるの表情がよぎった。


「お願い、戻って……!」


みやびは、怒りに身体を震わせながら叫んだ。

しかし、枢機卿は、その言葉を嘲笑うかのように、声をあげて笑う。


「さあ、我が信徒たちよ。この異端の魔女を排除せよ」


枢機卿の言葉に、つむぐとつづるはゆっくりとぎこちなく、みやびへと向かって歩き出した。

部屋のロウソクが怪しく揺れる。


「嫌……! 来ないで……!」


みやびが恐怖に怯え、後ずさりをしたその時、部屋の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。

中庭から、一人の男が部屋へと飛び込んでくる。


「っ!」


男は、みやびを庇うように、彼女の前に立つと、冷たい目で枢機卿を睨みつけた。


「ミヤビに、何をしている」


そこに立っていたのは、とうまだった。

彼の登場に、枢機卿は、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「ほう。宮廷騎士。貴様もまた、異端の者か。ならば、まとめて始末してやろう」

「そうはいかない」


とうまは、剣の柄に手をかける。


「彼女に指一本でも触れてみろ。……ただでは済まさない」


とうまの言葉に、部屋の中には、再び緊張が走った。

つむぐとつづるは機械的な動きで、剣を抜き、とうまに静かに向かっていく。

とうまは剣の柄に手をかけたまま、つむぐとつづるを警戒する。


「ミヤビ、下がれ」


とうまの指示に、ミヤビは首を横に振る。


「駄目!二人を傷つけないで!お願い、とうま!」


ミヤビの悲痛な叫びに、とうまは一瞬ひるんだ。しかし、その隙をつくかのように、つむぐとつづるが同時に動き出す。

つむぐは短剣を抜き放ち、とうまの懐に飛び込んだ。その動きは、情報屋とは思えないほど素早く、正確だ。短剣はとうまの喉元を狙う。だが、刃が触れる直前、彼の目が一瞬揺れた。

まるで何かと戦うように、唇が小さく震えたが、すぐに無表情に戻り、攻撃を続けた。


一方のつづるは、細身の刀を抜き、とうまの背後に回り込もうとする。彼の剣の構えは、まるで長年鍛錬を積んだ剣士のようだ。つづるの刀がとうまの背後を狙う。

その動きは正確だったが、ほんの一瞬顔が歪み、悔しさが宿った。だが、次の瞬間、彼は冷たく刀を振り下ろした。


とうまは、ミヤビの言葉を胸に、二人を傷つけないように剣を振るう。短剣を受け止め、刀を弾く。

しかし、彼らの攻撃は、ただ無闇に振り回されているのではない。それは、とうまの動きを封じるための、緻密な連携だった。


「チッ……!」


とうまは、二人の連携に苦戦する。つむぐの短剣が、とうまの剣を受け止め、その隙をつづるの刀が狙う。

とうまは、刀を辛うじて弾くが、その反動で体勢を崩した。

その一瞬の隙を、つむぐは見逃さない。


「くそっ!」


つむぐの短剣が自分の腹部に突き刺さるのを、止めることができなかった。

鋭い痛みが走り、とうまは床に片膝をつく。


「とうま!」


ミヤビの叫び声が響く中、枢機卿は愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「ほう。貴様もなかなかやるな。だが、我が信徒たちの力には敵わないようだ」


とうまの腹部には、鋭い痛みが残っていた。傷口を押さえると、じんわりと熱を持ち、薄い黒い筋が浮かんでいるのが見えた。

「…大したことない」ととうまは笑ったが、ミヤビは彼の額に滲む汗に気づいた。


「安心したまえ。我が信徒を傷つけた罰として、貴様の記憶もまた、書き換えられることになるのだから」


枢機卿は、そう言ってとうまの頭に手を伸ばした。

しかし、とうまはニヤリと笑う。


「悪くない取引だ。だが残念ながら、俺は国王以外の命令は受けつけない主義でな」


枢機卿は、その不敵な笑みに一瞬動きを止めた。その隙を逃さず、とうまは懐から閃光弾を取り出すと、床に叩きつけた。

閃光が部屋中に広がり、枢機卿、つむぐ、つづるの三人は、視界を奪われ、思わず目を閉じる。


「ミヤビ!」


とうまは、閃光にひるむことなく、床に座り込んでいたミヤビを抱きかかえると、窓から外へと飛び出した。


「待て!追え!」


枢機卿の叫び声が、背後から響く。しかし、その声は、二人の耳には届かない。

とうまは、中庭を駆け抜け、聖教の敷地を抜けると、森の中へと駆け込んだ。


「はぁ、はぁ……」


とうまは、木にもたれかかると、みやびを下ろした。


「とうま、大丈夫?」


ミヤビは、とうまの腹部を指差した。ただの切り傷は、今や禍々しい黒い痣となって広がっていた。

傷口から、とうまの生命力が少しずつ奪われているのがわかる。


「とうま、その傷……!」


ミヤビの言葉に、とうまは小さく笑った。


「ああ、平気だ。これくらい、どうってことない」


だが、とうまの顔色は見る見るうちに蒼白になっていく。枢機卿がかけた呪いが、確実にとうまの命を蝕んでいるのだ。


「そんな嘘つかないで!早く治療しないと!」


ミヤビは、自分の手で触れようとするが、とうまはそれを制した。


「触るな。この呪いは、触れただけでも危険かもしれない」

「じゃあ、どうすれば……」

「みちるさんたちと合流する。彼らなら、この呪いを解く方法を知っているかもしれない」


とうまは、そう言うと、震える足で立ち上がった。


「急ごう。このままでは……」


ミヤビは、とうまの言葉に、悲痛な叫びを上げる。


「つむぐと、つづるは……!」


とうまは、一瞬言葉を詰まらせた。

しかし堂々と前を向いて歩き出す。


「今は、お前と俺の命が最優先だ。彼らを助けるのは、それからだ」


ミヤビは振り返り、まだ明かりのついた館を見上げていたが、とうまと共に歩き出した。

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