第15話
私の腕の中で、柳さんが泣いている。
柳さんはさっき、私のことを好きだと言った。
その言葉を、聞き間違えるはずがない。
私だって柳さんのことが好きだ。
でも今、泣いている柳さんにその想いが伝わるかどうか、分からなかった。
私の気持ちを伝えても負担を増やしてしまうかな。
そんな風に考えて言うことができなかった。
「私は――」
口を開く。伝えたいことはひとつだけ。
「柳さんの負担にはなりたくないです」
けれど止まらなかった。
「私は嬉しかったんですよ。ハグも、キスも、ぜんぶ。
柳さんの気持ちを感じられたから。
でも……私は柳さんの大事なものを大事にしたい。
仕事が大事だって言うなら、私も全力で支えたいです」
これは本心だ。
ただ、本当の本音――私の「好き」という気持ちは、言えなかった。
さっきのキスは不意打ちすぎて全然実感がなかったからもう一度、ちゃんと、
――したい。
でも溢れ出したら、もう抑えられない気がして。
封印した気持ちに栓をするように腕に力を込める。
何度強く抱きしめても柳さんには届かない気がした。
私たちはきっとお互いに「好き」なんだろう。
それでも何かが噛み合わない。
本当に好き合っているのかさえ、分からなくなってしまう。
でも、好きな人が泣いているのは苦しい。
私はずっと柳さんを抱きしめていた。
※※※
やがて柳さんの呼吸が落ち着いてきた。
私はそっと声をかける。
「……おなか、すきませんか?」
柳さんは泣き腫らした瞳で私を見て、
「うん」
と、小さく頷いた。
外に連れ出すことも考えたけれど、泣いた直後の柳さんを誰かに見られるのは嫌だった。
この姿は、私だけが知っていたい。
「うち、来ますか?」
柳さんは言葉に詰まったまま、頬を赤く染める。
私はそっと、その手を取った。
「何もしないですよ。
ただ……柳さんの泣いてる姿を、誰にも見せたくないんです。
私の家なら、人目も気にせずにいられます」
強引に引っ張ろうと思えばできた。
でも私は、柳さんの意志を待った。
「……ありがとう」
その小さな声を、私は肯定と受け取る。
繋いだ手は少し震えていて、それでも温かい。
2人で事務所を出る。
さっきの出来事が全部夢だったかのようなそんな気分だった。
「何もしない」――そう決めている。
それなのに、掌に伝わるぬくもりだけで、胸が苦しくなる。
私はその感情をごまかすように、柳さんを連れて家路を急いだ。
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仕事人間すぎる先輩(女)を落としたい後輩女子の話 音名メロイ @next-life
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