第14話
目を閉じる間もなかった。
視界が柳さんで覆われる。
唇に柔らかな熱。
それだけが、やたらと鮮明に伝わってくる。
頭が真っ白だった。
――柳さんと、キスをしている。
そう気づいた時には、もう唇は離れていた。
本当に、一瞬の口づけ。
短すぎて、夢みたいで。
驚きすぎて、胸の奥だけが熱を帯びていた。
「な、なんで……?」
思わず声が漏れた。瞬きも忘れたまま柳さんを見つめる。
「……」
柳さんは真っ赤に染まった顔で、ただ黙っている。
よく知っているはずの事務所なのに。
その沈黙に、ここが見知らぬ場所になったような気がした。
静まり返るオフィス――。
ファーストキスではなかった。
過去に付き合った人と、何度もしたことのある行為。
でも、どうしてこんなにも胸が高鳴るんだろう。
女性とは初めてだったか?
相手が柳さんだから?
――好きな人とのキスだから。
「田中さんが、その……耳を舐めるから……。
気持ちが昂ってしまって……その……ごめんなさい」
柳さんが、か細い声で謝った。
違う。
謝ってほしいんじゃない。
知りたいのは、そんなことじゃない。
柳さんの気持ちとか。
私への気持ちとか。
「柳さんは……私のこと、好きですか?」
思わず口をついて出てしまった。
本当は、先に自分の想いを伝えるべきだったのに。
「私は……」
柳さんがゆっくりと口を開いた。
「田中さんのこと、好きです。
でも……田中さんのことを考えると、仕事が手につかなくなる。
私は仕事がないと、生きていけないんです。
だから……田中さんのこと、考えている場合じゃないんです……」
その声は震えていて。
次の瞬間、柳さんの目から涙が零れ落ちた。
初めて見る涙。
綺麗で、儚くて。私は見惚れてしまった。
――本当は、私も自分の気持ちを伝えたかったはずなのに。
けれど今は。
泣いている柳さんを抱きしめたい。
それだけだった。
私に、その資格があるのかは分からない。
でも――
私は自分の想いにいったん蓋をして。
そっと柳さんを抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます