第12話
私は柳さんのことが好き――。
自覚してしまえば案外どうってことはなかった。
昼休憩が終わってデスクに戻る柳さんを見つめるこの目も、いつも通り。
いつも通りに愛が溢れてしまうのだ。
今までの気持ちに名前をつけただけ。
たったそれだけで何かが変わるとは思えなかった。
私よりも、柳さんのこと。
一時間のランチで全てが解決できたとは思えない。
でも、柳さんの気持ちは柳さんのものだし。
私は応急処置として柳さんの言った「好き」に、「後輩として」という絆創膏を貼った。
柳さんには今日を乗り切って欲しかった、というのは言い訳で、ただ確定させるのが怖かっただけだ。
"恋愛としては好きじゃない"と柳さんに告げられることが怖かった。
午後の仕事が始まって、
今度は私の方が集中できなかった。
けれど、私には迷う余地なんてなかった。
柳さんが好き――。
不思議なのは、柳さんのことを考えていたら何だか頑張れてしまうことだった。
柳さんの仕事も午後は順調そうだった。
※※※
終業のチャイムがなって周りは皆帰っていく。
柳さんの方を一瞥して迷うまでもなく席を立つ。
考えなくても柳さんと社内で話すことはない。
そのまま事務所を後にする。
しばらく歩いてからスマホをデスクの上に忘れたことに気付く。
流石に取りに戻るか……。
めんどくさいなぁと不服に感じながら事務所に戻る。
明かりがついているから誰か残業しているな、と思って扉を開ける。
柳さんだ。
一瞬目が合うけど、逸らされる。
今――社内には2人っきり。
空気がやけに重たく感じた。
スマホをそそくさと回収して、
私は柳さんのデスクまで歩く。
「柳さん」
声をかけるつもりはなかったけど、勝手に足と口が動く。
「お疲れさま。忘れ物?」
柳さんが分かりきったことを私に聞く。
そんなことは今どうだっていい。
「今日は大丈夫でしたか」
あなたのことが心配なのです、という雰囲気を隠したくて少し冷たい言い方になってしまった。
「ありがとう。田中さんのおかげで切り替えられた」
少し微笑んだ柳さんの顔に、胸がきゅっとなる。
「じゃあ、お願いひとつ、聞いてくださいよ」
どうせ私はかわいい後輩ポジだとしか思われていない。
だったらその立場を利用するまで。
「無茶なことは聞けないよ?」
柳さんの言葉は意外にも肯定寄りだった。
だから、私は柳さんを見つめてはっきりと言う。
「抱きしめていいですか?」
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