第2話
私は別に、柳さんのことを好きになったわけじゃない。
柳 美里──31歳。
営業部で毎月トップの成績。
仕事はできるけど、誰に対しても当たりが強い。
真面目。
いかにも「仕事できます」と言わんばかりのパンツスーツを毎日着ている。
黒髪をひとつに束ねて、黒縁メガネ。
……知っているのは、せいぜいこのくらい。
あとは――女性が好きだ、という発言。
いや、本当に?
柳さんが誰かに恋しているところなんて、想像ができない。
今日の居酒屋は、正直ちょっと疲れた。
柳さんは終始、仕事の話ばかり。
私のことなんて、興味ゼロ。
あまりにもそっけない態度に、逆に遊んでみたくなった。
振り向かせたくなった。
……まあ、マッチングアプリやナンパで知り合った男と、どうでもいい話をする日常に飽きただけ。
ああいうのは、愛想よくしていれば勝手に自慢話を始める。
だから、これはほんの一時の気まぐれ。
ただ、柳さんの「仕事以外の顔」を見てみたい。
それだけの、ただの好奇心。
断じて恋だの愛だのといった甘い感情ではない。
なんて考えながら眠りについた。
※※※
「おはようございます、田中さん」
朝、出社してロッカーを開けた瞬間、柳さんと鉢合わせた。
「おはようございます」
いつも通り、平穏に、平常に、平坦に挨拶を返す。
「昨日は――」
言いかけた私の言葉を、柳さんが遮った。
「楽しかったです、昨日。あんなふうに終業後、仕事の話を誰かとできるなんて」
そう言って、ふっと笑った。
柳さんの笑顔を見たことがないわけじゃない。
でも――目をまっすぐ合わせたまま笑う、その表情は初めてだった。
相変わらず仕事人間なのは変わらない。
でも……ちょっとだけ、印象が変わった。
「私も楽しかったです。また今度行きません? あっ、そうだ。LINE交換しません?」
偶然思いついたかのように装ったけど、もちろん計算ずく。
彼女を落とすには、まず連絡先から。
「交換したいです!」
嬉しそうに言う柳さんを見て、ちょっと拍子抜けする。
……意外と、チョロい?
交換したLINEのアイコンは、スーツ姿で仁王立ちしている後ろ姿。
思わず吹き出しそうになった。
なんなの、この人。
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