第37話

「俺は絶対に……この戦いに負けられない。」


ゾアの声は低く、かすれながらも揺るがない決意を宿していた。瞳は燃え上がる――温もりのある光ではなく、冷徹な炎が目の前の標的に絡みつく。頬には二筋の血が流れ、煙に染まった肌に赤く染まり、決意にこわばった顔をさらに際立たせる。


彼は理解していた――もしここで倒れれば、これまで積み重ねてきたすべての努力や行動は、何の意味も持たなくなることを。


初めての試験に臨んだ日、ゾアはSランクに近い自らの力なら、どんな学園生も打ち負かすのは時間の問題だと確信していた。ランキングボードの上に立ち、伝説的な名の並ぶ中で、自分が当然のように位置する姿を思い描いた。しかし現実は、冷水を浴びせられたように突きつけられた。


彼は気づいた――低ランクの者でも、それぞれに計り知れない価値を持つ存在がいることを。特別な能力を持たなくても、自分が想像すらできなかった勝利の道を切り開く者がいることを。それ以来、ゾアの考え方は変わった。彼はもはや「最強者」ではないと悟った。外の世界はあまりにも広く、努力しても届かない存在がいるのだ。


そして何より痛烈なのは……試験が始まって以来、一度も1対1の戦いで勝利できていないことだ。最初に対峙したのはキング――Aランクの学園生――だったが、彼は容易く圧倒し、石を砕くかの如くゾアを打ち倒した。その後、ミレイユ・ブランシュフルール――Sランクであり、自分と同等――との戦いでも、能力を極限まで開放したにもかかわらず、彼は敗北した。


だから、この戦いは単なる対決ではない。それは最後の宣言だ。Sランクの力を見せつけるための戦いであり、何より――真に強大な相手を打ち倒したという自らへの証明なのだ。


ゾアの周囲の空間が変化した。巨大な破片が、まるで死せる惑星の残骸のように宙を回り漂う。その一つ一つに、敗北の記憶が灯る――打ち倒された瞬間、屈辱の時――まるで生々しく蘇るかのように。破片の表面を黒炎が覆い尽くし、光を呑み込み、周囲の色彩を吸い尽くす。その力は、世界の視線を一点に集中させる――ゾアが立つその場所に。


彼は柄を握りしめる。剣の黒炎が荒々しく燃え上がり、空気すら飲み込まんとする。周囲で微細な破片がゆっくりと煌めき、まるで宇宙の孤独な星のように漂う。すべてが黒炎の中心に吸い込まれる――自然の本質から力を引き寄せる、見えないが恐るべき重力のように。足元の大地は裂け、裂け目から暗黒の炎が立ち上り、まるで地獄の手が深淵から伸びるかのようだ。


ゾアの瞳は揺るがない。そこにあるのはただ一つ――勝利への意志だけ。


対面するキングも、全力を呼び覚ます。漆黒と深紅の気が彼の体から爆発し、生きた溶岩のようにうねる。地面には彼の拳が描く軌跡が古代の紋様として現れ、王のオーラの如く赤く輝く。腕に浮かぶ獅子の姿は威厳と凶暴さを帯び、解き放たれた究極の力を象徴する。彼の視線はゾアを捉え、集中は完全――見逃しも、外すことも存在しない。


二人は数秒間静止する。しかしその間に空気は張り詰め、呼吸一つで破裂しそうな緊張感が漂う。そして――同時に動いた。


ゾアの剣が振り下ろされる。瞬時に周囲の色彩が消え、世界は無機質な白黒の絵画となる。残るは光の一点――ゾアだけ。

同時に、キングの赤い獅子が咆哮し、城を粉砕するほどの破壊力で突進する。


二つの力がぶつかり、全てが停止する。そして――


天を揺るがす爆発音が轟く。


巨大な圧力が衝突範囲内のすべてを吹き飛ばす。大地は砕け、赤と黒の炎が絡み合い、二つの悪夢が混ざり合う。灰と血の焦げた匂いが空気に漂う。草木も消え、灰色に焼けた土地だけが残り、命は抹消される。


監視室のヒトミは息を飲み、驚嘆の声を漏らした。

「このクラスの学園生……ここまで規模の大きな攻撃を放つ力が本当にあるのね。エネルギーが極限に達したとき……戦場で恐るべき戦士となるわ。」


隣に立つゼークは腕を組み、落ち着いた声で言う。

「Aランク以上の力は、確かにこうした壮大な力を生む。しかし、多くはその壮大さを無敵と勘違いし、戦場で無様に死ぬことになる。」


ヒトミは軽く頷き、目を鋭くする。

「だから、訓練を施し……それを理解させるのも、我々の責任ね。」


ゼークは微笑み、ささやくように事実を言った。

「面白いことに……今の人類最強は、能力を使っていない。剣一本だけだ。」


戦場に戻る。


煙と塵が徐々に晴れ、荒廃した光景が現れる――まるで破滅をくぐり抜けた世界のようだ。ゾアもキングも、血まみれの体で立っている。呼吸は重く、足は疲労で震えているが、それでも互いに踏ん張って立ち続けている。


まだ誰が勝者かはわからない。しかし、二人とも理解していた――次の瞬間が過ぎれば、一人が倒れる。すべてを賭けた戦いの結末が、そこに待っているのだ。


キングの記憶が洪水のように押し寄せ、心の壁を次々と破っていく。


現れるのは、かつての自分――痩せ細り、骨の一つ一つが透けるほど細い手を持つ少年の姿。あの時、彼はもういじめに震えなくなっていた。強くなったからではない――心を縛っていたのは、恐怖以上に大切な何かだった。


目の前には、肩までの黒髪に丸眼鏡をかけた少女。眼鏡は鼻筋を滑り落ち、柔らかな笑みが世界の悪を消し去るかのように優しい。


「絶対に……あいつらみたいにはならないって、約束する」


あの時のキングの声はかすかに震えていたが、瞳には稀有な誠実さが宿っていた。


少女は微笑み、優しい瞳がほんの少し揺れる。


「確かに暴力は良くないけれど……でも、あなたが強くなるのは、何も悪いことじゃないわ」


キングは戸惑う。空に向かって何度か拳を振るが、弱々しい風しか生まれない。


「じゃあ、俺は強くなる……君を守るために」


少女の笑顔はさらに温かくなる。


「それでいいわ。でも覚えていて……力は決して悪用してはいけないのよ」


頬を赤く染め、彼はうなずき続けた。遅れれば約束の価値が失われるかのように。



ずっと昔のこと…… 心の中でつぶやく。 エカテリーナ……幼い心で君を愛していた。手で守ると約束したのに、現実は違った……


俺は力が足りなかった。あいつらが君を狙った時、ただ立ち尽くし、震えるだけの臆病者だった。救いたくても、無力だったのだ。君を奴らの手に渡し、死よりも過酷な地獄に生かしてしまった。


俺たちが育った場所では、力こそすべてだった。俺が持たない唯一のものだ。弱者は踏み潰され、彼らはその小さな世界の“王”を名乗り、他人の命を玩具のように扱った。


そして俺は強くなった。しかし代償は――人間らしさを失うことだった。約束を守れず、君に触れた者を全て裂き、拳を振るうことで心の空白を埋めた。拳は叫びであり、抑え続けた憎悪と痛みの爆発だった。


エカテリーナ……もし君がまだ生きているなら、冷たい廊下と灰色の空のどこかで、俺の背中を見守っているなら――目を大きく開けて見てほしい。俺が変わっていることを。呼吸、血、体の傷……すべてが新たな人間を刻んでいる。世界に立ち向かう強さを持ち、崩れ落ちる中でも耐えられる男になる。


君が誇れる男。君を飲み込もうとする闇の前に立つ男。誰も、何も、運命でさえも……君に触れられない。命をかけて誓う、もうその手を恐怖で震わせることはないと。


なぜなら――俺は君を愛している。失うことを思うだけで、世界が無意味になるほど愛している。必要なら、すべてを焼き尽くし――空を灰に、大地を塵に変えても――その笑顔を守るために。俺を奈落から救った、終わらない夜から引き上げてくれた笑顔を。


運命が野獣なら、俺はそれを焼き尽くす炎になる。世界が再び君を奪おうとするなら、粉々に引き裂き、地獄に投げ込む。君が生き、幸福であるために――再びその瞳が俺を見て輝くために。


塵が消えた。戦場には一瞬だけゾアが立ち、そして意識は離れた。体は焼けた大地に崩れ落ち、かすかな呼吸だけが残る。


キング――全身傷だらけ、手の包帯に血が染みる――は踏ん張る。拳を天へ掲げ、この瞬間を己の歴史に刻むかのように。


観客席が爆発する。


歓声が木張りの壁や金箔の天井に反響し、クリスタルのシャンデリアを揺らす。キングに賭けた貴族たちは絨毯張りの椅子から立ち上がり、深紅のワインを掲げ、空中で輝く赤い弧を描く。熱狂した者はグラスを割っても笑い声をあげ、まるで不朽の瞬間を目撃したかのようだった。


対照的にゾアを信じた者たちは椅子に沈み込み、銀の杖を握りしめ、魂を失った瞳で見つめる。そこには、ゾアの敗北が誇りの崩壊をもたらしたかのような、重苦しい空気が漂う。


戦場の下、ゾアは動かず、灰に埋もれた体を横たえ、黒く焼けた大地の上で、かろうじて残る炎がまるで折れた伝説の最後の残り火のように揺れる。


疑いはない――


勝利は……

キングのものだ。


彼の名が観客席に響き渡ると、勝った貴族たちは再びワインを掲げ、「King!」と一斉に声を上げる。まるで玉座に就いた皇帝を称えるかのように、血と酒が混じり合い、絶頂の栄光の瞬間を作り上げる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る