第36話

キングの拳が、赤々と輝きながら放たれた――雷鳴のごとき重みを帯び、風を裂き、獲物に飛びかかる獅子のようにゾアへと一直線に迫る。衝撃が到達するより早く、周囲の空気はすでに混沌とした咆哮を上げていた。ゾアは退かない。己の力を解き放ち、馴染み深い剣を召喚する。その刀身は純白の光を放ち、手首を返して振り上げる――地から天へと切り上げ、燃え盛る軌跡を描いた。


刀身から黒炎が噴き上がり、腕を這い上がる溶岩のように生き生きと燃え広がる。体内のエネルギーが膨れ上がり、皮膚を裂いて白光と化し、黒炎が悪魔の血管のように筋を走った。額には半分の王冠が輝き、古の力の証として浮かび上がる。


二つの一撃が衝突し――大気が震撼する。爆発的なエネルギーが地面を叩きつけ、猛烈な衝撃波が二人を弾き飛ばした。周囲の雑草は嵐に巻き上げられたかのように舞い、衝撃の渦へと吸い込まれていく。ゾアもキングも、まるで生まれ落ちたばかりの二匹の魔獣のような気配を纏っていた。


彼らが対峙するのは、血のように赤く染まった平地。孤高の花がところどころに咲く。遮るものも木陰もない。完璧な戦場――そして偶然にも、それはキングに有利だった。罠や複雑な地形とは無縁の戦士。キングにとって戦いは単純だ。立ち塞がる者がいれば、殴り倒す。ただそれだけ。


対するゾアは、かつては緻密さを好む者だった。地形を利用し、分析し、隙を突く戦いを信条としていた。だがその過去は今や遠い記憶。今ここに立つのは、静かで、かつてないほど強靭な男だ。


一切手加減せず、キングは再び弾丸のようにゾアへ飛び出す。赤々とした殺気を全身に宿し、咆哮とともに拳を固める。その一撃は巨大な岩盤すら粉砕する力を秘め、赤獅子の頭を象った幻影が現れる――それは戦闘の魂、キングの激昂そのもの。まるで落下する隕石のようだった。


ゾアは考える暇もなく、本能が先に動く。身を低く滑らせ、キングの両脚の間をすり抜ける。しかし百戦錬磨のキングは即座に拳を止め、反転し、ほとんど無意識の反射でゾアの襟首を掴み取った。


こめかみに冷や汗が滲み、ゾアの瞳が一瞬だけ不安を映す。


キングは迷わない。ゾアを無造作に天へと投げ上げる。空が震えた。ゾアがまだ宙に浮かんでいるうちに、キングは再び能力を解き放ち、赤獅子の咆哮を伴う拳を振り上げる。


ゾアは反射的に剣を掲げ、防御態勢に入る。黒炎が刀身を渦巻き、唸りを上げる。二つの力がぶつかり、空中で小さな爆発が起きた。その衝撃でゾアは遠くへ弾き飛ばされ、断崖から投げ出された岩のように地面へ落下する。だが彼は体勢を立て直し、確かな防御姿勢で着地した。


赤く腫れ上がった腕を見やり、ゾアは眉を寄せる。すぐに完全回復の能力を発動。細い光の筋が皮膚を這い、傷ついた血管の一つひとつを癒していく。


しかしキングは休む間を与えない。再び風を裂いて迫り、その拳は滅びを告げるように振り下ろされる。だが今回は、すべてゾアの計算の内だった。顔を上げ、決意の瞳で剣を振るう。黒炎の輝きが交錯する網のように宙を走り、キングの肉体を切り裂く。


鮮血が飛び散る。鋼のような筋肉を誇るキングでさえ、傷を負った。驚きが一瞬、その顔をかすめる。


「このガキ……いつの間にこんなに強くなった?」キングは思わず呟いた。


心臓が一拍緩んだ隙に、ゾアは目前に現れ、旋風のような蹴りをキングの顔面に叩き込む。重い衝撃音が響き、地に足をつけたゾアは剣を握り締め、全力で縦一閃を放つ。黒炎が空間を焼き裂く閃光となり、キングを真っ向から斬りつけた。


キングは爆発に吹き飛ばされた鉄塊のように遠くへ飛ばされ、その軌跡の草は焦げた。


ゾアは間髪入れずに追撃。剣は嵐と化し、黒炎と白光、戦意の咆哮を纏った斬撃が次々と襲いかかる。キングは後退しながら両腕でそれらを受け止め、斬られるたびに真紅の花のような血飛沫が舞った。


攻撃はゾアの息が荒くなり、全身が汗に濡れるまで続いた。腕が震え、剣を支えきれなくなっても、その視線はキングから離れない。


「戦士が腕を失えば……終わりだろ?」ゾアは声を震わせながらも言い放つ。


キングは答えない。ただゆっくりと立ち上がる。その巨体は壁のようにゾアを覆い、陽光すら遮った。ゾアは唾を飲み込み、一歩下がる。


「な――」


言葉を終える前に、再び拳が放たれる。極めて強く、反応よりも速く。それはゾアをぼろ布のように吹き飛ばし、地面を転がし、血飛沫を散らせた。胸骨は砕け、声も出せぬほどの痛みが走る。


ゾアは必死に完全回復を発動し、体内の破片を繋ぎ合わせる。


視界の先――キングの血に濡れた腕が、再生していた。


「お前だけが……できると思ったか、ガキが?」その声は深淵の咆哮のようだった。


ルーカスや「死の花」の一団との戦いの中で、キングは偶然にも完全回復を覚醒させていた。それは本人すら気づかぬ力。戦いが終わったとき、初めて己の身体が常人を遥かに凌ぐ速度で癒えていることに気づいたのだ。それは贈り物か……それとも呪いか。


一方、ゾアの力の真実も明らかになる。彼は天才ではない。早熟の覚醒者でもない。この肉体は元々、限界へと至った戦士――カエリスのものだった。ゾアが成し得ているのは、筋肉と魂に刻まれた記憶をなぞることに過ぎない。


二人は黙したまま、互いを見据える。


そして森の奥の獣のように、再び同時に飛びかかった。


もはや言葉はない。あるのは拳と剣のみ。


一撃ごとに戦鼓が鳴り響く。空は割れ、地は震え、拳と斬撃がぶつかるたびに爆音が轟く。黒炎と殺気が戦場の中心で渦を巻く。


ゾアは黒炎の竜巻を連続で生み出し、地獄から来た戦士のような斬撃を放つ。キングは憎悪と生存本能を込めた拳で応じ、大地を爆ぜさせた。彼らは魔物であり、災厄であり、地獄すら震える試練だった。


双方から血が飛び散る。ゾアの剣はキングの肉を深く裂き、キングの拳はゾアの骨を軋ませる。


反撃の一瞬、キングの拳がゾアを空へと弾き飛ばす。苦痛に顔を歪め、口から血を吐き出すゾア。その隙を逃さず、キングは宙を駆け、空中で蹴りを叩き込む。


ゾアの身体は隕石のように地へ落下し、地面を爆ぜさせ、血が草を赤く染めた。


伏せたまま、視界が霞み、荒い息を吐き、目からも血が滲む。それでもゾアは屈しない。身を起こし、叫びとともに最後の斬撃を放った。


巨大な黒炎の輪が巻き上がり、無数の刃のように鋭く輝く。その閃光はキングの防御を切り裂き、幾十もの傷を刻み、鮮血を撒き散らした。


キングは膝をつく――それでも視線をゾアから逸らさなかった。


戦い――まだ終わってはいない。


あまりにも目を奪う戦闘は、画面越しに見守る貴族たちでさえ興奮を抑えられないほどだった。豪華な室内で、彼らは拍手を送り、歓声を上げ、貴重なワインのグラスを掲げ祝杯を交わす。口には精巧な料理が運ばれ――裕福な家庭でさえ味わったことのない贅沢が並んでいた。


「黒炎のガキ、見た目はか弱そうだがやるじゃねぇか。さっきの一撃、見応えあったな。賭け金を増やすとしよう」――年配の貴族が笑いながら、スマホの画面を指で叩きつつ追加の賭けを入れる。


パーティーの別の一角でも、主催者は興奮を隠せずにいた。


「驚かされたね。もう少し賭けてもいいかも。まさにSランクらしい力だ。」


部屋中に響く囁きや笑い声、雑談は尽きず、光と豪華さに満ちた空間は、戦場の赤く燃え盛る血と残虐な空気とは対照的だった。


その一方、戦略室では、無数の監視モニターと薄暗い照明の中で、ヒトミがゾアの動きをじっと見つめていた。彼女の視線は氷のように冷たいが、まつ毛の奥には緊張が浮かぶ。


「心配しないで。ゾアの記憶は封印済みよ」――低く落ち着いた声が背後から響く。ゼークが入室し、手にした最後のタバコの火を消すと、空箱を近くのゴミ箱に投げ捨てた。


ヒトミは鋭い声で言い放つ。


「一日にいくつ吸うつもり?任務から逃げるために早く死にたいの?」


ゼークは笑い、まったく躊躇なく腕を組む。視線は、二人の若き怪物の戦いが生中継される画面に注がれていた。


「兄のために……そしてアコウのために……俺にはまだやるべきことがたくさんある。死ぬわけにはいかない」


――


戦場、血と炎が絡み合う空間は、拳の衝撃でなおも揺れ続ける。キングの拳は空気を裂き、嵐の雷鳴のごとく轟く。赤獅子の幻影を伴い、悪意に満ちた咆哮と共にゾアへと迫る。


ゾアは身を強張らせ、剣を振り前方を切り裂き、迫りくる戦闘の魂を分断せんとする。刀身は空を裂き、黒炎が鋭く唸る。しかし、キングの拳の余波はなおもゾアを地面に転がし、長い軌跡の煙と砂塵を残す。


少し後、ゾアは剣を支えて立ち上がる。隠そうとしても明らかに、キングの胸の傷――小さな引っかき傷であっても――彼を苦しめている。キングは一歩後退し、膝を軽くつく。周囲の空気は、その瞬間、凍りついたかのように静止する。


誰が優勢かは言えない。双方とも傷ついている。しかし、もし変化があるとすれば……それは時間だ。


キングの能力――時間経過でエネルギーを消耗するタイプだ。秒ごとに体力が削られる。さらに悪意と完全回復を同時に使用すれば、消耗は加速する。しかし、キングには明確な利点がある。至近距離での凶悪な拳撃はあまりエネルギーを消費しない。必殺技を使った時のみ、エネルギーは急速に枯渇する。


一方、ゾアは不利な状況にある。黒炎の力、爆発的な剣技は継続的なエネルギー消費を必要とする。大規模な斬撃一発ごとに消耗は深刻だ。


もしこの戦いが長引けば、勝利は確実にキングへ傾く。


ゾアはそれを誰よりも理解していた。だから、彼は戦いをこのまま続けられない。互角の押し引きでは、自分が先に消耗する。終わらせる必要がある。変化を生む必要がある。即座に。


ゾアの瞳が光った。彼は移動し、リズムを変える。手にした剣は黒炎を纏い、時間を切り裂くかのような弧を描く。隙を探す――たった一瞬の隙が、最強技を放つための鍵となる。


キングはそれを見逃さなかった。そして理解していた――相手に攻撃速度を上げられれば、ずっと防御に回ることはできない。方法は一つ――全力の必殺技で攻撃を阻止するのみ。


言葉はない。ただ殺意が高まるのみ。


キングの瞳が赤く燃える。悪意が彼を包み、手の獅子が空間を裂かんと咆哮する。拳に力と殺意が極限まで集約される。


ゾアもためらわない。剣先から、古の力が空中に現れる――まるで悪魔の力を召喚する魔法陣のように。周囲の空気が収縮し、空間は黒と白に染まり、時間はほとんど止まったかのように感じられる。


二人は同時に飛び込む――流れ星が交差するかのように。衝突の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。


疑いようもない。必殺技が、ついに解き放たれる。


ゾアの目の前に、黒炎で描かれた古代の紋様が現れた。原初の闇から呼び覚まされた絵画のように、圧力で空気は裂ける。キングの拳は悪意を爆発させ、赤獅子の姿が力の限り咆哮する。もはや戦場ではなく、魂を賭けた二つの存在の覚醒だった。


ゾアはためらわず応じる。剣を振るい、黒炎を弧状に舞わせ、竜巻となって空を裂く。斬撃は風を裂き、悪魔の嘆きのような叫びを上げる。その瞬間、空間も時間も停止したかのようだった。色彩は奪われ、世界は白と黒の二色だけ――大災厄の前の静寂。


巨大な斬撃が降り注ぐ。


同時に、キングの必殺拳が炸裂する。悪意が極限に達し、赤獅子が全力で咆哮する。二つの力がぶつかる――野獣の怒りと地獄の剣の殺意。


接触の瞬間、轟音が空を裂いた。


巨大な衝撃波が空間を引き裂き、周囲のすべてを焼き尽くす。大地は砕かれ、炎と黒炎が交錯し、地獄が目覚めたかのよう。旋風が砂塵と血を巻き上げ、戦場の輪郭は消えた。その中心で、二人は立ち尽くす――それぞれが自らの悪夢を背負い、退くことはない。


二人は再び衝突する。もはや高度な技も必殺技もない。残るは素手、血に赤く染まった瞳、そして勝利への狂気の心だけ。


キングの拳が飛ぶ――風が龍の咆哮のように唸る。ゾアは長い戦いに耐えた剣で受け止め、横一閃で応戦する。衝突ごとに火花が散る。熱気が立ち上がり、血と灰と混じり、生命が死に近い場所にある匂いを漂わせる。


彼らは止まらない。


キングは咆哮し、口元から血を零すが拳は衰えない。ゾアは大声を上げ、痛みに満ちた瞳にも折れぬ意志が光る。二人の一歩ごとに血が地面に落ちる。振るう一撃ごとに、小さな地震が戦場に炸裂する。


空気は濃密で、炎はあちこちに広がり、空を赤く染める。しかし、彼らは戦い続ける。止まれば消え去るかのように。


隕石のような拳が降る。稲妻のごとく斬撃が夜を切り裂く。


轟音が響き、地面は裂け、灰が舞い散る。双方の体は血まみれで飛び退き、重い息を吐き、足が震える。ゾアもキングも、全身の筋肉が悲鳴を上げながら立ち続ける。


だが、二人は止まらない。誰も、最後の全力を出す前に諦めることはない。


その瞬間――二人の体が同時に光を放つ。


必殺技、リチャージ完了。


言葉は不要。二人の叫びが、虚空を突き抜ける。


「この戦いを、早く終わらせろ!!!」


そして二人は最後の突撃に飛び込む。憎悪、決意、記憶、そして残された傷ついた魂すべてを携えて。


もはや通常の戦闘ではない。二つの世界、二つの理念、二つの命が衝突する――血に染まった戦いに、終止符を打つ時が来たのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る