第23話 探索者支援協会


「おそい」


 地上アウターと繫がるエレベーターがよく見える位置に建つ探索者支援協会ビル。

 その出入り口前で待っていた凶三きょうぞうの開口一番である。

 声ひっく。


「刻限を指定したのは貴様だろう。いま何時だと思っている」


 コイツと別れて三時間と十五分。大目に見てくれとは微妙に言いづらい程度には遅刻。

 それもこれも、行き帰り両方とも支所トンネルで局員に絡まれたせいだ。まあ俺が胡桃くるみのところに長居し過ぎたってのも多少あるかもしれないが。


「そもそも、どこに行っていた」

「あー」


 視線をらして言葉をにごす。

 ちょっとそこまで自分探しに、みたいな感じで押し通せるだろうか。モラトリアムって人生において割と重要だと思うし。


「ちょっとそこまで自分探しに──」

「あの眼帯女のところだな」


 キッショ。

 なんで分かるんだよ。


「何しに行っていた」

「……シブヤの連中が使ってたヤクについて調べてもらってた」


 こうなっては誤魔化すだけ無駄と判断し、素直に白状。

 ヘンなところでかんが鋭くて参る。


「そうか。どうでもいい」


 じゃあ聞くなよ、と軽口を叩くのははばかられた。

 機嫌わっる。眉間みけんにシワ寄せるなよ、せっかくの美人が台無しだぞ。

 もっとも渋面じゅうめん浮かべてても美人なんだが。ちょっと腹立たしいことに。


「で?」


 で、とは一体。

 プリーズ会話インザ主語。


「わざわざ集合場所に協会ここを指定したのだ。何か用があったのだろう」


 その通り。

 の件で、ちょっと報告と申請に参った次第。


「ほら、さっさと行くぞ」


 唯一強化外骨格をよろっていない左手で、こっちの手を掴まれる。

 常人なら骨がきしむ握力で。


「そう怒るなよ……行き先を黙ってたのは謝る」

「別に怒ってない。貴様が昔の女のところで何をしてこようが、私の知ったことではない」


 その割には肩プルプル震えてるが。着物のえり合わせが甘いせいで剥き出しになってるから実に分かりやすい。


「……凶三きょうぞう。なあ、こっち向けって」

「うるさい。私は本当に怒ってなど──きゃっ」


 自動ドアを通る瞬間、ちょうど中から出て来るところだった人影とぶつかる凶三きょうぞう

 よろめいた身体を抱き止め、懐に収める。


「あっ……す、すいません……! ちゃんと前を見て無くて……!」


 一方、ぶつかった側──十代半ばほどの少年は、軽く半歩たたらを踏んだだけ。

 コイツも異形因子保持者スキルユーザーかと気配で察しつつ、両耳にイヤーカフ型の真新しい認識票タグを見とめる。


「あの、だ、大丈夫……です、かぁ……?」


 謝罪の途中で凶三きょうぞうの服装に目が行き、顔を赤らめて固まった。

 初見、それもいきなりだと普通そうなるよな。ちゃんと着付けしろ。せめてサラシくらい巻け。


「……問題無い」


 仏頂面ぶっちょうづらでの返答を受け、やや間を挟みハッと立ち戻った少年。

 再び深々と頭を下げ、重たげな足取りで去って行く。


「今の奴、だな」


 すれ違い様に鼻を突いた、濃い液化エーテルの匂い。

 それに顔色が優れず、声もカスカスだった。


 まるで、死ぬほどの苦痛に何時間も叫び続けていたかのように。


「おそらく甲型こうがただ。男の異形因子保持者スキルユーザーとは珍しい。新顔は久し振りに見る」


 異形因子スキルの移植手術は、この協会ビルの最上階で行われる。

 望めば誰だって受けることができるし、費用も雀の涙。ゆえに地上アウターの食い詰め者たちが往路のみの臨時通行証チケットとなる申請書を握り締めてエレベーターに乗る姿は、割と頻繁ひんぱんに見かける。

 九割以上、そのまま帰ってこないが。


 ……凶三きょうぞうが勝手に手術を受けたのも、異界ダンジョンで死にかけていたジルを拾った時の年頃も、ちょうどあのくらいか。


「む」


 俺に身を預けている現状に気付き、至近距離から真紅の瞳で睨まれる。


「離せ。気安く触るな。私は怒っているんだ」


 そう言いつつも、自分から離れたり押しのけようとはしない。

 つーか、やっぱり怒ってるんじゃねぇかよ。


「無理だね」


 背中に腕を回したまま、この世で一番綺麗な銀色をした髪へと指を通し、くしけずる。

 凶三きょうぞうは更に二つ三つ悪態をこぼしつつも、やがて俺の首筋に顔をうずめ、大人しくなった。


「──キミが一時期『女衒ぜげん』って呼ばれてた理由に納得したよ」


 エントランスの待合用ソファに座っていた顔見知りの異界探索者シーカーが、半眼でこっちを見ながらそう呟いてきた。

 どういう意味だ、てめぇ。


「そもそもはべらせてる女に自分の記号シンボルなんからせてる時点でどうかと思ってたし」


 それに関しちゃ完全な風評被害。

 オルカのトライバルタトゥーは凶三きょうぞうが自分で入れたんだ。






「貴様のやることに逐一ちくいち口を挟む気は毛頭ない。しかし、あの眼帯女だけはダメだ」

「そこまで目のかたきにしなくたって、アイツとは単なる同輩だぞ」

「今はそうでも、向こうが隙あらばヨリを戻そうとしてくるのが問題だと言っている!」

「戻すも何も、胡桃くるみとそういう仲だった時期なんざ一秒もねぇよ」

「……え……つ、つまり私が最初ということか?」

「あぁ? まあ最初ってか唯一だな」

「…………ふっ……あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「どうした急に」

「これが笑わずにいられるか! てっきり私は……んふふふふっ」

えーよ」


 まず声を上げてカラカラと、次いで口元を袖で覆いながらクスクスと婀娜あだっぽく笑う凶三きょうぞう

 ここしばらく暑い日が続いたし、脳みそでもだったかな。


 ともあれコイツの機嫌が直ったところで、用件を済ませるべくカウンターに向かう。

 今日も今日とて協会内は閑散かんさんとしていたため、番号札を発行するまでもなく番が回ってきた。


「御用件は?」


 今日当たった受付は、眼鏡をかけた同年代くらいの女。

 絵に描いたような役所人間で、いっそ好感すらいだけるレベルの無表情かつ無愛想。


 ゆえにこそ、話が早くて助かる。


「報告と申請」

「ではまず報告からどうぞ」


 ポケットに突っ込んであったエーテル測定機を引っ張り出し、卓上へと置く。

 記録して置いた数値を表示させると、受付嬢が眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。


「ヨツヤゲートのエーテル値がイエローゾーンに入った」


 反魂香はんごんこうにコトリバコという、基本的には定型的テンプレートな行動を取り続けるだけの無生物型クリーチャーたちが同じ場所へ固まっていたことに違和感を覚え確認してみたところ、案の定だった。


「このまま放置した場合、早ければ一ヶ月以内にスタンピードが発生する」

「では申請とは」

「ああ」


 ホント話が早くて助かる。


「ヨツヤゲートに対スタンピードの招集コールをかけてくれ。そうだな、明々後日しあさってがいい」


 今日買ったの試運転も兼ねさせてもらおう。

 何事にも楽しみを見出さなきゃ、こんな世の中やってらんねぇ。


うけたまわりました」


 さて。今回は何人集まるかね。

 帰ったらジルにも伝えておかないとな。

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