第22話 フラスコチャイルド
「あぁ?」
やけに神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば。
「んなもん、液化エーテルだって同じ──」
「違う」
食い気味な否定。別に違わないだろ。
実際、液化エーテルに全身浸かって人間やめたバケモノが、ここにも居るワケだし。
軽く肩をすくめつつ、分かりやすく示すべく
パキパキと音を立てて変異し、耳元まで裂けた
「ほォれ見ろ。俺たち
「ッ、違う!」
びっくりした。いきなりムキになりやがって。
耳元でデカい声出すなよ。こちとら数十メートル
「……少なくとも、これは液化エーテルとは似て非なるものだ」
活性化を解き、元の
「相違点は大きく二つ。まず、この液体は確かにエーテル由来ではある。しかし混ぜ物が多く含まれていて直接体内に投与しなければ反応を起こさず、何より
「つまり効果は一時的ってワケか」
ただしこれは人体の
「肉体の変異も表面的で、
「どのくらいだよ」
「計算では日に一本打ってもエーテル中毒の末期症状まで三年は
早い話、
どこのどいつだ、こんなもん作ったのは。
「……問題なのはここからだ」
肩へと添えられた
「この液体に含まれるエーテルからは、空間を汚染する毒素が取り除かれていない」
「マジかよ」
てことは、つまり。
「これを打った人間が暴れ回れば周辺はエーテルで汚染され、やがて
人間をクリーチャーに変える薬。
先程の言葉に篭められた本当の意味を理解する。
「見方を変えれば、これは極めて小規模ながらもスタンピードを誘発する代物とも言える」
「名前を付けるなら差し詰め『スタンピーダー』ってところか?」
同時に、
「どう考えても
「そもそもトーキョーでエーテルの精製技術を持っているのはトヨモト社だけだ」
あらやだ、なんだかドス黒い
「二大企業が
「あくまで技術的な
「どっちみちロクなもんじゃねーなオイ」
ただでさえトーキョーを囲う防壁の向こうは余さず
ヒマな奴等の考えることは分からん……でもない。
「いっそ何もかもブッ壊したい。今の御時世、そう考える奴が出て来てもおかしくねぇか」
深々と溜息を吐き、目の前のアンプルを受け取ってポケットに仕舞う。
昔、映像記録で見せられた自分自身の製造過程をなんとなく思い出した。最初の方は、ちょうどこのくらいの容器に入ってたし。
「……俺もお前も試験管で
MコードT・T。WコードR・S。
トヨモト社が
「二大企業に忠誠を誓うよう育てられ、教育された。しかし俺は、お前や他の兄弟どもと違って奴等の思い通りにはならなかった。オリジナルの気性が相当アレだったのかもな。
けれどフラスコチャイルドは時間的コストと教育の手間がかかりすぎるってことで、俺たち八人の第一世代を最初で最後の完成品として生産終了。
代わりに
培養開始から二十歳相当のサイズまで成長させるのに一ヶ月、そこから命令コードの理解に必要な知識を
安く手早く造れる上、まっさらな脳みそを使ってるお陰で命令にも忠実。貴重な
機械工学とエネルギーを
素晴らしい
「……そんな俺ですら、結局は囲いの中に居る。嫌になる奴の千人や万人、そりゃ出て来るだろ」
壁の時計を見た。
そろそろ出なければ、
「なんかしみったれた話になっちまったな。何はともあれ、調べてくれてありがとさん。じゃあ俺はこれで──」
腰を上げようとした瞬間、
どったのセンセー。
「
かつての
近頃あまり言わなくなったと思っていたが、まだ諦めてなかったのか。
「そんなものが出回るようでは、もはや
「
「私の権限で市民コードを発行できる。
だんだんと言葉が詰まっていく。
震え混じりに小さく
「お願いよ……私のところに戻ってきて……!」
…………。
またひとつ溜息を挟んで今度こそソファから立ち上がり、
次いで放った返答は、いつもと同じだ。
「無理だね」
そもそも俺は、
「トヨモト社が誇る最低の駄作、
あのまま飼い殺しの
「今の俺はシンジュクの人喰いシャチ──
それくらいに、
あと、そう。
「ついでに俺が居ねぇと買い物もおぼつかんアホを、二人も抱えてるんでな」
「待っ──」
振り返らず部屋を出て、足早にゲッタウェイ。
程なく、扉の向こうから何かを投げ付けたり叩き壊したりする音と共に──あらん限りの
言葉選びを間違えたか。アイツ、俺が
取り分け
犬猿の仲どころの騒ぎじゃない。犬はともかく、猿の実物は見たことないが。
……せめて俺自身に怒りの矛先を向けてくれたら気が楽なんだが、
離れて十数年
世の中ままならないもんだ。
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