二話 “あの”大陰陽師の生まれ変わり?

令和五年 九月 二十九日 庚寅かのえとら


 神奈川県にある、とある大学。

 夕暮れ時の大学構内。グラウンドから聞こえるサークルの賑わいを背に、年季の入った旧館へと、一人の学生が足を踏み入れた。

 教職員の研究室が構えられたその建物、三階の最奥にある部屋の扉には、可愛らしい兎のデコレーションがされた看板が揺れている。


 『賀茂忠行かもただゆき』と記された研究室内は、宗教学や民俗学、そして陰陽道に関する古今東西の文献が収納された本棚が、壁一面を埋め尽くしていた。


 薄暗い室内に、キーボードを叩く規則的な音が響く。


 明るい生成色きなりいろの髪は肩より少し長く、後ろの低い位置でゆるくまとめられている。中央で分けられた前髪はゆるくウェーブがかかっており、顎ほどまで伸ばされている。耳元には小ぶりなシルバーのリングピアスがさりげなく光る。一見すると、街で見かけるおしゃれな若者という印象だが、時折資料を真剣な顔つきで見つめる表情からは、冷静で知的な雰囲気が感じられる。


 タブレットと資料とを交互に睨めっこしながら、小論文作成に勤しむ学生、『賀茂保憲かもやすのり』は、一度一息つくと、タブレットの隣に置いてあった冷たいカフェラテを手に取って口に運んだ。


 彼はこの研究室の主、忠行の長男でもある。


 完成したファイルを閉じ、何気なく開いた動画サイト。

 オススメ欄に表示されたタイトルが、保憲の目を引いた。


『【コラボ】“あの”大陰陽師の生まれ変わり!? その人智を超えた力に迫る!【陰陽師】【安倍晴明】』


 動画の中で大陰陽師の生まれ変わりと名乗る男は、グレーのスーツから白い紙を取り出した。そして軽く息を吹きかけると、鳩を出現させた。

 すると瞬く間に、拍手と歓声が湧き起こった。


 しかし保憲は、つまらなさそうに机に肘を置き、頬杖をついた。


「……生まれ変わり、ねぇ……」


 誰もいない室内に、彼の呟きが響いた。

 直後、研究室の扉がまた開かれた。


「お疲れ、遅かったな」


 入ってきたのは、小柄な体躯の青年。

 濡羽色の少し襟足が長めで、癖のないサラサラとしたショートの髪は光を吸い込み、幼さの残る顔立ちには、思案するような憂いが浮かぶ。

 彼は息こそは乱れていないものの、残暑の影響か、額にはわずかな汗が滲んでいた。


「課題の提出があること忘れてて、そっちに行ってた」


 その青年、『安倍晴朗あべはるあき』は、保憲の向かいの席に腰を下ろすと、カバンからお茶の入ったタンブラーを取り出しながら、独り言のようにぽつりと呟いた。


「……変な夢、見た」

「夢? 凶夢なら聞くぞ」


そうして晴朗は、昨晩見たという奇妙な夢について語り始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る