-契- 令和に生まれ変わった安倍晴明は一般人として、まったり生きていきたい

KUMANO(くまの)

四辻の怪異

一話 過去世の残滓

草木も眠る丑三つ時。

 どこかの深い深い森の中。

 海が近いのか、時折波音と潮の香りが漂ってくる。


 一人の男が、森の中を走っていた。

 息は荒く、しきりに背後を気にしながら。

 何かから逃れるように。


 逃げる

 逃げる

 逃げる


 逃げた先で、男は小さなお堂に辿り着いた。

 男はお堂の中に入ると、入口の引き戸を乱雑に閉めて、懐から『五芒星』が書かれたお札を貼り付けた。


 そしてその身を縮こまらせ、走り続けて荒くなっていた息を必死に潜めた。


「____様、どこにいらっしゃるのですか……?」


 外から女の声が聞こえ始めた。

 その絹のように繊細な女の声は、男の名をしきりに呼びながら、お堂の周囲を徘徊しているようだった。

 男は片手で自らの口を塞ぎ、ただただ女が立ち去るのを待った。


 しばらくすると、女の気配は消えた。

 男は恐る恐るお堂から顔を出すと、再び走り出した。


 (一刻も早く、この地を離れなければ)


「見つけましたわ。____様」


 男が驚き振り返る。

 そこには見事な十二単を身に纏った女が、恍惚とした表情を浮かべながら男を見つめている。

 その女の顔半分には、大きな痣が刻まれていた。


 男は女に背を向けて再び走り出した。


 「お待ちくださいませ。お待ちくださいませ」


 逃げても逃げても、女は決して諦めることなく、男を追いかけた。

 ついに男は、海が見える断崖絶壁まで追い込まれた。


 万事休す。そう思ったのも束の間、男は窮地の中でとある策を思いついた。


 男は自らの履物を脱ぐと、崖上に揃えて置いた。

 入水自殺の偽装しようというのである。

 そして男はその場を離れ、近くの寺で身を隠した。 


「まぁ、なんてこと……____様、____様……」


 女は崖上に置かれていた履物を見て、崩れ落ちた。


「私もすぐに……、そちらへ参ります」


 愚かにも男の策に嵌ってしまった女は、


「……これで、ずうっと……一緒でございますわね。……____『晴明はるあき様』」


 一切の迷いなく、崖から飛び降りた。

 しばらくすると男が崖上に現れる。

 男が着ていた『白い狩衣』が、強い波風に煽られ、靡いている。

 そして女が飛び降りた海を眺めながら、呟いた。


「____悪く思うなよ」



 空には満点の星空が、瞬いている。

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