三話 過去への手がかり
「なるほど……。その女性に心当たりは?」
「多分ない」
「ふうん……、だったら、誰かの負の念を無意識に受け取ってしまっただけか、あるいは……」
「でも、あまりいい印象じゃなかったから、久々に『
「
悪夢を見た時に唱えるおまじない『夢違え』
あらちをの かるやのさきに たつしかも
ちがへをすれば ちがふとぞきく
その和歌を
「……まぁ、“昔”ならまだしも、そこまで過敏にならなくてもいいんじゃないか?」
「うん……。そう、なんだが……」
「他にも何か、気になるところでもあるのか?」
「……夢の中で……」
二人の会話の途中、再び研究室の扉が開かれた。
同時に視線を向けると、片側に一人、反対側に二人、計三人の若い女学生を連れた男性が入ってきた。
40代前半に見える風貌。息子と同じ髪色に長身、若々しい印象を与える顔立ちをしている。グレーのスーツを華麗に着こなし、紳士的で穏やかな印象は、実年齢よりもずっと若く見せている。
しかしその穏やかそうな顔は、焦りと困惑の表情に歪んでしまっている。
「ただゆぴっぴの部屋到着〜!」
「ねぇただゆぴっぴ〜、また怖い話聞かせて!」
「……ただゆぴっぴ……??」
女学生が言った、その男性のあだ名らしき珍妙な単語に、
『ただゆぴっぴ』と呼ばれたその男性。
名を『
「うちらで頑張ってデコった兎の看板も飾ってくれたんだ! ありがとう〜!」
「わかった、わかったから、離れなさい」
遠慮なく腕を組んでくる女学生に、極力触れないよう腕を浮かせているが、あまり意味を為していない。
たじろいでいる忠行が保憲と晴朗の存在に気づくと、ホッとしたような、それでいて助けを求めるような目線を二人に向けた。
「あぁ、お前たち。来ていたのか」
「お、疲れさまで、ございます……先生……」
「保憲、課題はどうだ」
「は、はい。先ほど、メールをお送りしました」
「そうか、後で確認しよう」
三人が会話している最中、腕を組みながらも不機嫌そうに、むすっとした顔をしている女学生の刺すような視線が、晴朗と保憲を襲う。
「あ〜……、俺たちはそろそろ行くか」
「ま、お、お前たち……!」
「……先生。お先に失礼いたします」
居た堪れなくなった二人がいそいそと帰り支度をすると、「置いていくな」と言わんばかりに忠行は焦っている。しかし二人は見て見ぬふりをして、足早に研究室を後にした。
晴朗が後ろ手で扉を閉めると、二人は揃って片手で顔を覆いながら、肩を震わせ声を押し殺しながら笑った。
「ただゆぴっぴ……」
「あの賀茂忠行に向かって……ただゆぴっぴ、とは……」
「“昔”の父上じゃあ……ふ……考えられないな……」
扉を隔てた向こう側では、楽しく談笑する女学生の笑い声が聞こえてくる。
二人はひとしきり笑った後、帰路に着くため旧館を後にした。
「この後どうする?」
「……図書館に行く。どうにも昨晩見た夢が気になる」
「心当たりはないんだろ?」
「”
「“過去”は、まだ分からない。……ってことか」
「そう。それともう一つ……」
正門へと続くメインストリートに差し掛かったところで、晴朗の足は正門ではなく、図書館へと向いた。
「夢の中で、俺は『白い狩衣』を着ていた」
夢で晴朗は、必死に森の中を走っていた。その時にチラチラと視界の隅に見え隠れしていた腕には、括り紐が通されている袖口も一緒に見えていた。
平安時代などで主に狩猟をするときに着用されていたとされる『狩衣』を、晴朗は身につけていたのだという。
「……なるほど。よし、分かった。俺も付き合おう」
「付き合うって……、家庭教師のバイトはいいのか?」
「今日は無いから問題ない。それに俺と違って、お前のは探すの大変だろ?」
「……お付き合いどうも」
こうして二人は図書館に向かった。
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