第4話「今度、俺たちにも紹介してくれよ!」



小説『ドワーフの初恋』

第四話:朴念仁、噂の中心になる


ガルドがメデューサとのピクニックを日課にし始めてから、一月が過ぎた。

ドワーフの地底都市では、ある奇妙な噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。


「おい、聞いたか?あの“朴念仁のガルド”に、恋人ができたらしいぞ」

「なんだって!?あの石ころ狂いにか!?」


酒場『黒鉄のジョッキ』亭。噂の発信源であるバルドは、詰め寄るドワーフたちに、大げさな身振りを交えて語っていた。


「ああ、見たんだよ、俺も。ガルドの奴が、見たこともねえ綺麗な女の人を、特製の背負子に乗せて、そりゃあもう大事そうに運んでやがった。髪が虹色に輝いててよぉ…」


バルドは、メデューサが首だけであるという核心部分は伏せていた。親友のプライバシー(と、他のドワーフがパニックになるのを避けるため)への配慮だったが、そのせいで噂は尾ひれどころか、巨大な翼とドラゴンの尻尾まで生やして広まっていった。


「虹色の髪だと!?そりゃエルフの王族か、それとも天界の女神様か!」

「朴念仁のくせに、とんでもねえ大物を捕まえやがった!」

「どんな手を使ったんだ!?」


ガルドを見る周囲の目が、一夜にして変わった。「変わり者の石オタク」から、「謎の美女を射止めた策士」へと、百八十度の変化だ。

工房で鼻歌を歌いながらメデューサの「玉座」の手入れをするガルドに、同僚たちが次々と声をかけてくる。


「よぉ、ガルド!今度、その恋の秘訣ってやつを教えてくれよ!」

「お前の恋人、どんな人なんだ?やっぱ、ドワーフの女より肌が滑らかなのか?」


ガルドは、仲間たちの興味津々な視線に、まんざらでもない顔で答えた。

「おうよ!メデューサは、そりゃあもう最高だぜ!肌は磨き上げた大理石みてえに滑らかだし、瞳は一点の曇りもない黒曜石だ!何より、物静かで、俺の話をじっくり聞いてくれるんだ!」


彼の言うことは何一つ間違っていない。だが、聞いているドワーフたちの頭の中では、絶世の美女がガルドにうっとりと寄り添う姿が再生されていた。


「くぅーっ、羨ましいぜ!」

「今度、俺たちにも紹介してくれよ!」


その言葉に、ガルドは少し困った顔をした。

「うーん、それはなあ…。メデューサは、人混みが苦手なんだ。だから、俺が毎日会いに行ってるんだよ」


この発言は、さらに彼の株を上げた。

「なんてこった…!相手を気遣う、大人の男の余裕か…!」

「俺たちみたいに、酒場で自慢話ばっかりしてるのとは格が違うぜ…」


こうして、ガルド・朴念仁説は完全に過去のものとなり、新たに「ガルド・稀代の色男説」が定着しつつあった。


その日も、ガルドはメデューサを背負い、森の奥にある静かな泉を訪れていた。

泉のほとりで、ガルドは最近新しく作った道具を取り出した。それは、ミスリルを繊細に編み込んで作った、小さな櫛(くし)だった。


「メデューサ、ちょっとじっとしててくれ」

『…なんだ?』


ガルドは、メデューサの髪の蛇たちを、そのミスリルの櫛で優しく梳かし始めた。蛇たちは、最初はくすぐったそうに身をよじっていたが、やがて気持ちよさそうに目を細め、大人しくなった。


『…お前は、本当に変わっている。私のこの髪を、気味悪がらないどころか、手入れまでするのか』

「当たり前だろ。こんなに綺麗な髪、他にねえぞ。虹色の鱗なんて、どんな宝石よりも価値がある。そうだ、今度抜けた鱗があったら、一つもらえねえか?溶かして、指輪にしたいんだ」

『…指輪?』

「おう、俺がつけるんだ。お守り代わりにな!」


ガルドは屈託なく笑う。メデューサは、その言葉に何も返せなかった。

自分の体の一部が、呪いの象徴ではなく、「お守り」になる。そんなこと、考えたこともなかった。心臓がないはずなのに、胸のあたりが温かくなるような感覚。


ふと、メデューサは尋ねた。

『ガルド。お前の仲間たちは、私のことを何と言っている?』


ガルドは、櫛を動かす手を止めずに答えた。

「ん?ああ、みんな、あんたに会いたがってるぜ。『とんでもねえ美女を捕まえやがって、羨ましい』ってな。俺も、鼻が高いよ」

『…私が、首だけの化け物だと知っても、同じことを言うか?』


その声には、かすかな不安が混じっていた。ガルドとの時間に満たされていく一方で、自分と彼との間にある、あまりにも大きな違いを、彼女は意識せずにはいられなかった。


ガルドは、櫛を置くと、メデューサの顔が自分の方を向くように、背負子をそっと回した。そして、真剣な目で彼女の瞳を見つめた。


「メデューサ。俺の仲間たちがどう思うかなんて、どうでもいいことだ」

『……』

「大事なのは、俺がどう思うかだ。俺は、首だけのあんたに会って、恋に落ちた。もしあんたに体があったとしても、俺はきっと、この黒曜石の瞳と、虹色の髪に恋をしてた。それだけだ。何一つ、変わらねえよ」


そのまっすぐな言葉に、メデューサの瞳が、わずかに潤んだように見えた。

黒曜石の瞳に、キラリと光る雫。


それを見たガルドは、慌てて叫んだ。

「おわっ!?なんだ!?メデューサ、大丈夫か!?」

『…違う。これは…』


それは、何百年という孤独の中で、彼女が初めて流す涙だった。

だが、その涙は頬を伝うことなく、瞳の表面で水晶のように固まり、コロリと地面に落ちた。


虹色の光を内包した、美しい、小さな宝石。

ガルドは、それを恐る恐る拾い上げた。


「……これって……」


それは、まさしく、彼が探し求めていた伝説の鉱石。


“虹の涙”だった。


「……そっか。そうだったのか…」


ガルドは、全てのピースがはまった気がした。

彼が探し求めていた宝物は、最初から、彼女の中にあったのだ。


彼は、その小さな宝石を、自分の胸ポケットにそっとしまった。

これは、誰にも渡さない。メデュー-サと俺だけの、最初の宝物だ。


ドワーフの朴念仁の恋は、彼に伝説以上の奇跡をもたらし、二人の絆を、鉱石よりも固く結びつけていくのだった。

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