第10話 佐伯の再起 2 (篠宮蓮)

あの夜から、俺は水瀬とどう接すればいいのか、正直わからなくなっていた。

あんな状況で助けてしまった以上、彼女の中で俺はただの同級生じゃなくなっている。


距離を詰めすぎれば、また怖がらせるかもしれない。

離れすぎれば、何事もなかったように忘れられてしまうかもしれない。


だから、俺は「普通」を装った。

講義の帰り遭遇したら、カフェで少し話し、彼女が笑えば、それで一日が救われる気がした。



水瀬は、相変わらず誰にでも優しい。

その優しさは、無自覚に誰かを惹きつける。

俺も、たぶんその一人だ。


だが、問題は佐伯だった。

浪人生活の苛立ちを彼女にぶつけ、負担をかけていることが透けて見える。


彼女はそれを「支えなきゃ」という言葉で飲み込んでいるが、それがどれだけ危ういことか、本人はわかっていない。


俺は昔から、

こういう

「無自覚に他人に負担に強いる奴が」嫌いだ。


前世でも

ゲーム漬けの頃、仲間に迷惑をかけて、結局自分も潰れていったあの感覚を、佐伯の中に見てしまう。

そして、それを見ている水瀬の表情に、どうしようもなく苛立ちが募った。



 そんなある日、水瀬から連絡があった

──「佐伯くんが、ちょっと変なんだ。助けてほしい」


 胸が冷たくなる。

 送信時刻はついさっき。

 俺は走った。


 辿り着いたのは、人通りの少ない路地。

 佐伯が、柄の悪い男二人と立ち話をしている。

 笑っているが、その笑いには追い詰められた匂いがあった。


 「……何やってんだよ」

 背後から声をかけると、佐伯が振り返る。

 その目には、俺がかつて鏡で見た、行き場のない苛立ちと諦めがあった。



 「お前!僕のことに口出しするなよ!」

 噛みつくような声。


 俺は一歩踏み込み、視線を外さずに言った。

 「……水瀬をこれ以上泣かせるな」


 その瞬間、佐伯の顔が歪んだ。

 悔しさと恥ずかしさ、そしてほんの少しの迷い。

 俺は続けた。


 「なにカッコつけて、追い詰められてんだ。」

 「……何がわかるってんだ」

 「俺も同じだったからだよ。俺だって昔は、現実は蔑ろにした。家族も、自分も」


 佐伯は口を閉じた。

 その目が、わずかに揺れる。


 「……お前なんで、水瀬の足枷になってんだよ」


 しばらく沈黙が流れた後、佐伯は小さく「……悪かった」とだけ言った。

 その声には、ほんのわずかだが、昔の柔らかさが戻っていた。



 離れていく背中を見送りながら、俺は深く息をついた。

 水瀬が少し離れた場所で待っていて、安堵したように笑った。

 その笑顔を見た瞬間、守りたいという感情が、胸の奥でまた強くなってしまった。

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