第6話 尾行 下


 雑居ビルの階段を上るほどに、空気は淀んでいく。

 二階に着くと、かすかに香水とタバコの混じった匂いが漂ってきた。

 廊下の奥、開け放たれた扉からは男たちの話し声が聞こえる。


 俺は壁際に身を寄せ、耳を澄ませた。


「──じゃあ、履歴書は後でいいからさ」

「面接ってほどでもないよ。軽く話すだけ」


 梨花の声が続く。

 震えてはいないが、どこか張り詰めた調子だ。


「先ずは、保証金を払ってもらうよ」


「保証金?」


 男たちは笑いながら彼女の答えを遮った。

「金ないなら体で払ってもらうことになるけど?」


 その瞬間、俺の頭の中で何かが切れた。



 足音を殺して扉に近づく。

 中を覗けば、テーブルの前で梨花が椅子に座らされ、二人の男に挟まれていた。

 一人はニヤつきながら肩に手を回そうとし、もう一人は出入口を塞ぐ位置に立っている。


 ……クソが。


「失礼しますよ」


 俺はわざと大きく扉を開け、部屋に足を踏み入れた。

 驚いたように視線がこちらに集まる。


「そいつ、俺の知り合いなんで。返してもらえるか?」

「は? 誰だお前」


 出入口の男が一歩前に出たが、その瞬間にはもう俺の右手が彼の胸を押し、後方へよろめかせていた。


 肩に手をかけられそうになっていた梨花の腕を掴み、立たせる。

「行くぞ」

「え……っ」


 男たちが慌てて何か言おうとするが、俺は振り返らずに廊下へ引きずり出す。



 階段を駆け下り、夜風の差し込む路地に飛び出したとき、梨花がようやく息をついた。


「……どうして、ここに」

「偶々、近く歩いててさ」

 嘘だ。通りすがるには、あまりにピンポイントすぎる。


 梨花は一瞬だけ目を伏せ、それから小さく「……ありがとう」と呟いた。

 その声は、今までの硬さを少しだけ溶かしていた。


 ──本当は、もう二度と関わらないつもりだった。

 でも、もう遅い。


 俺ははっきりと理解していた。

 この瞬間から、もうこの世界は希望色に輝いていた物語に世界じゃないってことに

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