第5話 尾行 上
夜の街は、昼間の喧騒を忘れたように静まり返っていた。
大学の講義を終え、いつもの道を駅へ向かって歩いていた――はずだった。
けれど、視界の端に、見慣れた後ろ姿が映る。
──水瀬梨花。
肩に黒いトートバッグ、足早に歩くその背中。
向かう方向は、いつもの駅前ではなく、細い裏路地の方角だった。
……なんであんなとこへ?
俺は足を止め、少し距離を取ってついていく。
◆
実を言うと、こうして人の後をつけるのは、これが初めてじゃない。
高校時代、俺は何度も“尾行”をやっていた。
──原作の主人公とヒロインのイベントを、生で観察するためだ。趣味みたいなものだ
昼休み、放課後、文化祭の準備期間。
陰から二人の動きを追い、イベントがどこで起きるのか、どう展開するのかを確かめた。
おかげで「死角を使って距離を取る」「人混みで自然に視線を切る」といった技術は、妙に身についてしまった。
まさか大学に入ってから、このスキルを再び使うことになるとは思わなかったけどな。
◆
梨花は一定の速度で歩き続ける。
繁華街を抜け、ネオンがまばらになるエリアへ。
通り過ぎる人影も減ってきた。
俺は少し緊張を覚える。
夜の裏通りなんて、女性一人で歩く場所じゃない。
それも、あいつは最近やけに疲れた顔をしていた。
……嫌な予感が的中していなければいいが。
◇
やがて梨花は、古びた雑居ビルの前で立ち止まった。
薄暗い階段の奥に「求人受付中」と書かれた紙が貼られている。
俺はビルの向かいの自販機横で立ち止まり、スマホをいじるふりをして様子を窺う。
梨花は少しだけ躊躇したように見えたが、やがて覚悟を決めたように中へ入っていった。
ビルの中からは、低い笑い声が漏れてくる。
……嫌な雰囲気しかしない。
俺は深く息を吐き、階段を上り始めた。
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