第十一話 客室「浮舟」 side:七瀬華
「すみませーん。遅くなりました」
私が旅館の入口近くの椅子に座って、高木町の観光ガイドを見ながら、天文サークルの外部顧問である天野美月先生の到着を待つこと三十分。入口から、美月先生が、そう言いながら入ってきた。腕時計を見ると時刻は四時半を指していた。
「忙しいところ、遠くまで来ていただきありがとうございます」
私は美月先生の長旅を労った。
「いやー。朝からバタバタしていて、すみません。急遽、同僚の塾講師が風邪をひいてしまって、午前中だけでもということで、講義してきました。まだ、自由時間ですよね」
「はい。大丈夫ですよ。荷物持ちましょうか」
「いいえ。これくらい平気ですよ」
美月先生はトランクを軽々と持ち上げて見せた。思った以上に荷物は少ないようだ。
「今回は、残念ながら、ふたご座流星群がよく見える時期が過ぎてしまったので、目ぼしい天体ショーがないんですよね。だから、肉眼で見える範囲で色々と星を探してもらおうと思います」
なるほど、今回は天体望遠鏡は使わないから、荷物が少ないのかと、私は納得した。
私たちは自分たちの部屋に向かい、私はちらりと美月先生の恰好を改めて見る。
美月先生の髪は少し毛先を外はねにしたボブカットで、以前に比べて少し長くなっている。イヤリングは小さな星があしらわれたもので、華美ではない。
ツイードのジャケットに濃紺のインナー、ベルトの下はライトモスグリーンのワイドチノパンで、一見すると、教師ではなく、どこかのモデルではないかと思うくらいカッコよさと綺麗さを兼ね備えていた。
「先生。ここです」
私は、客室『浮舟』に美月先生を案内し、扉を開ける。
「へぇー。凄く雰囲気があっていい感じじゃないですか。花瓶は洋式なんですね」
美月先生は机の中央に置かれた花瓶を指さす。スイセンの花が可憐に活けられている。
「高木町は、昔からロシアとの交易が盛んで、日本でも有数のロシア人居住地域らしいですよ。駅前が洋風なのも、その影響があったからとか。色々と文化が混ざっているのかもしれません」
私は観光ガイドで聞きかじった知識を美月先生に披露した。
「面白いですね。ところで、浴衣とか歯ブラシとか、部屋に置いてありますか?」
「一応、こちらにありますよ。ただし、使った浴衣やシーツは朝、ランドリーに自分達で運ばないといけません。ランドリーで新しい浴衣とシーツを受け取る形です。御好意で安く泊めさせてもらっているので、そこら辺はセルフサービスです。布団も自分達で敷くことになります」
「なるほど。問題ありません」
美月先生は納得したようだ。
「ところで、今回の旅行に裏の目的ってあるんですか」
荷物を整理しながら、美月先生が興味津々に聞いてくる。
「実はあります。以前、私が虫捕りをしたのを覚えていますか」
「えぇ」
「あれの続きです。怪異が実はもう一つあって、どうやら亡くなった松井美弥という生徒と深い関わりがあるかもしれないということが分かりました。私は、その怪異を便宜的に『シェイプシフター』と呼んでいるんですが、一度、目撃したきりで足取りが掴めていません。松井美弥の故郷である高木町を調べることで怪異の行方やその正体に近づけたらいいなと思います」
「なるほど、それで高木町の資料館に行くんですね」
「あとは気になっている論文の著者に会いに行こうと思います。これです」
私は、そう言って飼育員の書いた短報を美月先生に渡す。
「へぇ。興味深いです。明日の昼食後ですよね」
「港で昼食をとってからです」
「楽しみですね」
美月先生は爽やかに微笑んだ。
その後、私たちは少し部屋で寛いでから、大山先生と合流し、夕食会場に向かった。
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