第23話 異界ーエンデー 勇者の故郷
闇夜を突き進むように村へ踏み入ったシュウは、かすかな力の残滓をたどって瓦礫の中を進んだ。建屋は十軒ほど。どれも黒く焦げ、形を保つものはひとつもない。
村の真ん中には井戸があった。かつての憩いの場なのだろう。木製の椅子だったものが炭のように潰れ、監視台から落ちた鐘が転がり、煤の匂いだけが夜気に溶けている。
しかし、死体はひとつもない。
「……嫌な感じだな」
視線の端で金属が光った。シュウは瓦礫を払ってそれを拾い上げる。柄に月と剣の紋様──ルナディア教の剣。
ー手記にあったやつだね
「ああ。旅人が最後まで手放さなかった剣だ」
トンファーを剣の腹に当てると、微細な力の流れがあった。そのまま柄へ滑らせると、何かがあるのがわかった。力を込めて柄を砕く、と内部の石が足元へ転がった。シュウは今度は石を拾い上げ、トンファーを押し当てる。
当てた瞬間、石はトンファーに力を注ぎ込もうとした。だがそんな力の奔流など、このトンファーには無力。流れを読み取り、逆に力を流し込むと、石は赤熱し、粉々に砕け散った。
砕けた瞬間、力の残滓が細い光の糸となって空間へ伸び──ルナディア教総本山の方角を指し示し、消えた。
ーやっぱり、旅人はこの剣が原因で襲われたんだね
「だろうな。これは力の増幅装置かつ追跡用の“ビーコン”だ。何かしらの石に力を変質させて封じていた。十中八九あの男の仕業だろうな」
そう言ったときだった。
……だれか…たす……け……だれか……たすけて……
声が、シュウの頭の中へ直接流れ込んだ。
ーシュウ?どうしたの?
「何か聞こえた。……レイラには聞こえないのか?……助けを求めてる。どこか閉じ込められてるみたいだ」
ーどこから聞こえるの?
「あの瓦礫の下だ」
村の中で最も大きかった家屋の残骸。
シュウはそこへ歩み寄り、トンファーを構える。
「──吹き飛ばす」
魔法陣を展開し、土を踵の後ろで隆起させ身体を支える。
柄を強く叩くと、瓦礫は爆ぜるように空へ舞い、遠くの闇へ消えた。
現れたのは地下室への入り口。
ーどうするの? 時間はないよ
「分かってる。だが……何かがわかるかもしれない」
階段を降りると、重く湿った空気が満ちていた。
奥の小部屋で、光の膜がゆらぎ、空間が固定されている。
その中心に──血にまみれた男が横たわっていた。
シュウが近づくと、膜はひび割れ、砕け散る。
男は微かに目を開き、声を絞りだそうとしていた。
ー……シュウ、この人……ただ者じゃない
「……ああ。レイラ、わかるか? こいつ、まとってる力が……」
シュウは膝をつき、男の呼吸を確かめる。
男の胸はかすかに上下していた。
だがその奥に、かつて強大な力を宿していた痕跡が、傷を縫うように残っている。
(……こいつ……まさか……)
喉の奥で言葉が止まる。そして、その男の顔を見る。
レイラは息を呑んだ。
ーシュウ……この人……
「……ああ。多分──いや、ほぼ間違いなく……」
シュウは唾をのみ込み、男の顔を見下ろす。
“この世界の勇者だ”
そう確信した瞬間、男の指が微かに動いた。
その口が、震えながら言葉を紡ごうとしていた。
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Readsー異界冒険録ー 神崎 漸 @zest236
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