第22話 異界ーエンデー 闇夜を抜けて
闇夜へ踏み出した瞬間、地面が小さく沈んだ。
レイラが土を押し上げ、シュウの脚へそっと推進力を与えている。
音を殺し、夜を切り裂くようにシュウは走り続けた。
ーねぇ、シュウ。さっきの“化物”の動き、普通じゃなかったよね
「そりゃあな。人間を強引に混ぜて、四本腕に四つの顔、武器ごと一体化……あれは“理”だけの力じゃねぇ」
走りながらも、思考は澄んでいた。
そしてレイラにだけ聞こえる声で続ける。
「奴は世界の“理”──時間を制御する力に、別の能力を混ぜてやがる。
本来この世界の理は星の刻を動かすもの。進める、戻す、止める……そのはずだ」
ーでも、今の世界は夜のまま
「そう。奴は今、“止めてる”だけだ。完全掌握じゃねぇ。
だが問題は……奴の“もうひとつの力”だ」
土が柔らかく膨らみ、レイラが走りを補助する。
視界の闇が流れ、音のない世界だけが続いた。
「人に力を付与し、変貌させ、混ぜ物の化物を造る。
勇者になり代わったのも、おそらくその能力だ」
ーじゃあシュウ、あの人……やっぱり異界渡り?
「間違いない。だが問題は動機だ。
異界から来た人間が力に飲まれるか、この世界に酔ったか……いやそれだけじゃない」
シュウの声がわずかに低くなる。
「この世界は“物語”だ。だが、未完。
本来のシナリオに『別世界からの侵攻』があった可能性が高い」
ー太陽と月の宗教、勇者と聖女。そして介入する異界の男。男を追う旅人……
「そこまでは物語の“既定路線”だろうな。
だが、未完成だからこそ、不確定要素が暴走した」
シュウは地を蹴り、速度をさらに上げた。
「奴は予定より早く動いた。
ルナディア教を掌握し、勇者を殺し、成り代わり、聖女の村を襲撃。
表向きは“ソルヴァ教の焼き討ち”──実際は全部奴の仕込みだ」
ーソルヴァ教は壊滅……逃げ延びた聖女は対抗するために理を使った…違う、入ったのかな
「そのタイミングで奴は理に触れた。
力を得て、まず“お試し”に襲撃者を強化し、旅人を殺した。
そして完全な制御に至る直前……俺たちが来た」
レイラが沈黙する。
シュウは呼吸を乱さず、淡々と続けた。
「今の奴は、理の力+元の能力。
このまま時間を与えれば、星の刻を自在に操る化物になる。
倒せる保証はない」
ー……急がなきゃ、だね
「そういうこった」
レイラが土を押し、足がさらに軽くなる。
闇夜の中、ただ風だけが鳴った。
ーシュウ……前方に、何かある
「ああ、見えてる」
レイラの言葉にシュウは目を向ける。闇に沈み、黒い影と化した建造物群。
壁は吹き飛び、屋根は落ち、街路の形だけが辛うじて残っている。
そこは──かつて勇者が生まれ育った村。
今は焼け焦げ、夜と同化した廃墟。
シュウは迷わず進路を変えた。
「時間は無い。だが、ここは物語の重要な現場。何かがあるはず」
夜風が吹き抜け、瓦礫が影のように沈黙する。
シュウはそのまま、廃墟となった勇者の故郷へと走り出した。
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