第9話 鉛筆一本で働くということ

雷が遠くのほうで鳴っている。

少しでも先に進みたい。

音の長い周波数か短い周波数かどちらかが聴こえない。

鉛筆を多くの時間に持つようになった。

聞こえるのです。聞こえるのです。聞こえるのです。聞こえるのです。

四歩進んで、その後周りを見て考える。

今世の私の人生は四つばかりが生きていける道なのだ。

その四つのどれがいいかは自分の行動で決まってくる。

朝に踊っているとやはり影の位置が違うと東西南北を確かめる。

朝に東の方に影が落ちているのだ。

一瞬押し黙ってしまう。

冷たい空気が自分の周りに現れそして通り過ぎていく。

しかし地球一周を考えてみるとどこまでも東に行くと西にたどり着き、

どこまでも西に行くと一周して東にたどり着く。

ああ、影のことか。

そしてまた何もなかったようにおもむろに踊りだすのであった。

また、遠くの電車の音が耳にかすめてくる。

ここから電車はかなり遠い。

私が無口上筆記から初めて、今のようにB5判の古茶けた紙に文章を書くまで

様々な記憶の交錯があった。

その中でもまざまざと思い出される記憶はこういうものだ。

ある部屋に入るとその部屋に入った時だけぱっと情景が広がる所がある。

その部屋に入ると疲れるので何度も小分けにして入ったものだった。

その部屋は白を基調にした角部屋で、自分の記憶や感情のようなものを

深いところまでみつめることが出来る部屋であった。

私(赤い服の女)がこの前その部屋に入ったら二種類の映像が脳裏をかすめた。

一つ目はボクサリングという題名を後でつけた映像で、

大人数のボクサーたちが赤いグローブと青いグローブをつけた人たちにわかれて、

右手を頭上に突き出し左手を前に突き出し、その次は逆の手で同じことをし、

それをリズミカルに踊りつくしているミュージカルであった。

その姿が真剣なあまり観ているほうは笑ってしまう。

もう二つ目は忘れてしまった。

それを思い出す頃にはまた別の案が浮かぶのだろうと能天気なことを考えるほど、

想像力の源である部屋だった。

私は生涯にたった一冊の唯一無二の作品を本にして作りたい。

そのため、原稿用紙の無い中、B5判の古茶けた紙に線を引いて

四百字詰め原稿用紙を自分で作って書いている。

頂点に登りつめた人でそこには何も無かった、と言う人がいるがそれは嘘だ。

もしくは喜びや苦しみを感じない感受性の欠如した人だ。

頂上には歓喜に顔を紅潮させた自分自身が甘美な喜びに身を任せているはずだ。

新聞社で働いている人が鉛筆一本で働くことがどれだけ大変なことか、と言っていた。

私自身、それを体現しようとしていてその苦しみも喜びもまだ半ばである。

それが出来た時感動するのでしょう。

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