第15話 秘密の代償
痛たたた。
翌日、俺は痛む全身を無理やり動かしてオルビスへと登校した。痛むのは筋肉痛ではない。ルビアに木剣でボコボコにされたからである。まぁ、親父に修行と称してボコボコにされた時よりかはましだが。
教室に入るとすでにほとんどの生徒が登校していた。窓際には花瓶に花が飾られている。昨日と同じ花だが一体誰が手入れをしているのだろうか。そんな疑問を持ちながら俺は最前列にいるルビアの隣に座った。
「おはよう」
朝の挨拶をするとルビアはどこかばつの悪そうな顔をしている。
「おはよう。その……昨日はちょっとやり過ぎたよね?体大丈夫?」
「多少痛むが慣れてるから平気だ」
「そう、なら良かった。それと約束覚えてるよね?」
「もちろん」
「ふふ」
長期休暇に実家へルビアを連れて行く約束はしっかり覚えている。それを伝えると嬉しそうにするルビア。
「約束って何かしら?」
突如背後から声をかけられた。声の正体はエリーナだ。昨日と一昨日は窓側の一番後ろの席で優雅に紅茶を飲んでいたが、なぜか今日は俺たちの背後に立って居た。
「ミーナ」
エリーナはミーナの名前だけ呼ぶと、主人が何をしろと言っているのか察し俺のルビアとは反対側の隣の席を片付け始めた。そしてそこに新しく高級そうな白い机と椅子が用意される。どうやら今日はここで授業を受けるつもりらしい。
「ちょっとアンタ、なんでそこに座るのよ!」
エリーナの行動がお気に召さないのか不機嫌になるルビア。しかし、エリーナは涼しい顔で俺の隣に座ったままだった。
「そんな事より先ほどの約束って何かしら?」
「秘密よ、秘密!アンタなんかに教える訳ないでしょう!」
「私はアレンに話しているのよ?野蛮女は黙ってて」
俺を挟んで言い合いは辞めてくれ。どうにか落ち着かせられないかミーナの方を向いて止めてもらえるようにアイコンタクトを送る。
「アレン様私も気になります」
このメイドはどこまでもご主人様に忠実なんだな。と思いつつどうしようか悩んだ。俺からルビアに内緒にしてくれと頼んだ以上エリーナにばらすのは何か違う。しかし、このまま俺を挟んで言い合いされるのも迷惑だ。
「へいへーい。お二人とも何言い合いしてんの?可愛い顔が台無しだぜ?」
救世主と言っていいのか今日は遅刻しなかったガイルが現れ空気をぶち壊した。
「キモイ黙れ」
「あっちに行っててくださいませ」
そして、二人から辛辣な言葉を浴びせられる。なんか、これがテンプレになりつつあるな。そう思っているとしょんぼり肩を落としたガイルが俺の後ろの席に座った。そして、つんつんと俺の背中をついてくる。何用かと後ろを向くと耳元で話かけてくる。
「あの二人どうしたんだ?」
「俺とルビアに秘密があってそれをエリーナが聞き出そうとしてああなってるんだ」
「男女の秘密ってお前ら付き合ってんのか!?」
「声がでかいし、付き合ってないわ!」
「なら、秘密ってなんだよ?」
エリーナに続きガイルまで俺とルビアの約束を気にし始めた。ほっといてほしいがこの二人なら話しても良いかなと思えた。たった1日2日一緒に過ごした仲だがこの二人は信頼できるそう思えた。もちろんミーナもエリーナに何かしない限りこちらに何かしてくることはないだろう。
「ルビアすまん。俺から言っておきながら約束やぶるよ」
「駄目よ!絶対!もっとめんどくさい事になるわよ!」
「まぁ、そうだけどこの3人なら大丈夫でしょ」
「出会って少ししか経ってないのに何信頼してんのよ!?」
「貴方もアレンと短い付き合いでしょうに」
エリーナの突っ込みにルビアは苦虫をつぶしたかのような表情をする。
「ふん!アレンのバカ。どうなっても知らないからね」
ルビアはそっぽを向いてふてくされてしまった。一応許可が出たので三人に話す事にした。
「長期休暇二人で俺の実家に行こうって話をしただけだよ。もうこれ以上はこの話を広めないでくれよ」
「でしたら私も行きますわ」
「お嬢様が行くならもちろんついて行きますわ」
「俺だけのけ者とかないよな?な?」
これで断ったらなんでルビアだけってなってまた変な勘繰りをされたらたまったもんじゃない。仕方ない長期休暇は5人で帰るか。
「わかったよ。5人で俺の実家に行こう。ってか自分たちの実家とか帰らなくていいのか?」
「問題ありませんわ。追い出されたようなものですもの」
エリーナは追い出されてオルビスに来たのか。俺と境遇は似ているのかもしれない。
「俺も問題ないぜ!」
「ルビア、ということでこの5人になったから」
「ふん!」
しばらくは機嫌が悪そうだな。
そんなやり取りをしているうちに、教室の扉が開いた。入ってきたのはクロード先生だ。あの恐怖のランニングを思い出し、思わず背筋が伸びる。
「席に着け。授業を始めるぞ」
先生の一言で、一気に教室の空気が引き締まる。昨日までの喧騒がまるで嘘のように、生徒たちは一斉に着席した。
俺も急いで前を向いたが、まだどこか気が散っている。横から刺さるような視線を感じる。ルビアだ。ちらりと横を見ると、ルビアがむすっとした顔で前を向いている。どうやら、まだ機嫌は直っていないらしい。
……これは、下手をすると今日一日ずっとこの空気かもしれないな。
なんだかんだで、俺の周りは騒がしい。だが、それが妙に心地よく感じるのは何故だろうか。
家族以外とこんな風に過ごすのは初めてかもしれない。親父との修行は地獄だったし、母さんや姉さんとの団欒も滅多になかった。だからこそ、今のこの空間がどこか温かく感じた。
それでも俺は知っている。この穏やかな日々は長くは続かない。いつか、俺たちは本物のダンジョンへと足を踏み入れるのだ。クロード先生が言っていたとおり、Fクラスの半分は最初のダンジョンで消える。
その時、俺は……そして彼女たちは生きて帰れるのだろうか?
ぼんやりとそんな不安を抱えながら、俺は今日も授業へと臨んだ。
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