第16話 ダンジョンの影、冒険者の光

 そうこうしていると、クロード先生が教室へ入ってきた。入ってきた瞬間、教室は静まり返る。あの鋭い視線と威圧感は、昨日の地獄のような実技授業を思い出させるには十分だった。もともと反抗するような生徒は一名を除いていないがクロード先生の厳しさは全員が身に染みてわかっているため私語をする生徒はいない。


「ん? エリーナ・グレイシャル。今日は前の席で授業を受けるのか?」


 一番前の席を陣取っているエリーナに、クロード先生が不思議そうな顔で尋ねた。


「ええ、学生ですもの。授業を聞き逃さないために、前の席へ移りました」


「……どういう心境の変化かは知らんが、他の人の邪魔だけはするなよ」


 昨日まで一番後ろの席で優々と紅茶を飲んでいたお嬢様が急に前の席で授業をまじめに受けるつもりなのだからクロード先生も困惑と疑念の表情が浮かんでいる。が、それは口に出さずに他人の邪魔はしないように注意しただけだった。


「心得ておりますわ」


「それと、ミーナ・クラウゼ。お前はちゃんと席に着け。前で立たれたままだと後ろの人の邪魔になる」


 エリーナの横でたっているミーナにはもっともな指摘だったが、ミーナは一歩も引こうとしなかった。主人のそばに控えるのが当然、という態度を崩さない。忠誠心があるのは良いが流石に迷惑だろと思っているとエリーナが口を開いた。


「ミーナ。隣に座りなさい」


「かしこまりました」


 エリーナの一言でようやくミーナは俺とは反対側の席に着席した。エリーナに少しは常識があって助かった。


 そんな小さな騒動のあと、出席確認が終わり、今日は遅刻者0人でようやく授業が始まった。


 今日のテーマは『ダンジョンの基礎知識』。戦闘スキルの授業とは違って、直接的な技術を磨くものではないが、それでも探索者としては必須の常識。知らなければ命を落とすどころか、法律違反で処罰される可能性もある。知りませんでしたでは通用しない重要な授業の一つだ。


 先生の話によれば——


 今から千年前、突如として世界中に「ダンジョン」と呼ばれる異空間が現れた。その原因は未だ不明。だが、同じ時期に魔界から魔族が侵攻してきたことから、何らかの関係があると考えられているという。


 勇者によって魔界へ魔族は追い払われた今でも、新しいダンジョンは不定期に出現し続けている。


 新ダンジョンが発見されると、優秀な探索者たちが中を調査し、安全性や価値を判断する。希少な鉱石、魔法資源、さらには強力なモンスターの素材——その可能性は無限大。


 もし安全かつ価値が高ければ、国が管理する。逆に危険すぎたり価値が低いと判断されれば、「ダンジョンコア」と呼ばれる心臓部を破壊することで、空間ごと消滅させる。ちなみに、勝手にダンジョンコアを破壊するのは一部例外を除いて重罪だそうだ。


 でもそれって、富の源泉を自ら潰すってことでもある。だからこそ、過去には「どの国がどのダンジョンを管理するか」を巡って戦争まで起きたらしい。


 しかも、ダンジョンにはもう一つ、深刻なリスクがある。


「アビスライズ」と呼ばれる現象。ダンジョン内でモンスターが増えすぎ、外の世界に漏れ出しダンジョンが現実世界を浸食してしまう現象だ。


 その最悪の例が、五百年前の「ホロウフォール事件」。発見が遅れたダンジョンからモンスターが溢れ出し、当時世界最大の都市「ホロウシティ」を襲撃。わずか一晩で、何万人もの命が奪われた。


 この事件以降、各国はダンジョン管理・発見を最重要課題として扱うようになった。


 希望と繁栄をもたらす可能性を秘めたダンジョン。しかし、その裏には常に破滅が隣り合っている。


 だからこそ、「すべてのダンジョンを破壊すべきだ」と主張する過激派も、決して絵空事ではないのだ。


 先生の話を聞きながら、俺はふと教室内を見回した。


 ルビアは真面目にノートを取っている。ガイルは……半分寝てる? エリーナは完璧な姿勢で講義を聞いていたノートはとってないので本当に聞いているかは謎だが。ミーナは意外にもしっかりノートをとっている。


 彼らは、どんな理由で探索者を目指しているんだろう?


 俺はというと……昔、旅人から聞いた冒険譚に憧れて、小さい頃は探索者になりたかった。強くてかっこいい英雄になれるって、そんな夢を見てた。でも今は、正直なところ、怖さのほうが勝っている。


 この道は、命をかける覚悟がなければ進めない。


 昼休みになったら、話してみようか。みんながどんな思いでここにいるのか、聞いてみたい気がした。


 そう思ったところで、先生の声が再び響いた。


「では、ダンジョン構造の基本について説明する。全員、教科書の五十二ページを開け」


 気を抜いてる場合じゃないな。


 俺は教科書を開き、再び授業に集中することにした。

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