第5話 Fクラス、それは希望の墓場

 入学式から、早くも一週間が経過した。


 内容はいたって普通……に見えて、地味に過酷だった。体力測定では数キロの全力走に魔物回避訓練。魔力測定では魔力の流れを可視化され、思ったよりも数値が低くて凹む。座学テストでは妙にマニアックな魔法理論やら古代語が出てきて頭が痛くなり、最後は謎の個人面接で「何を目指すのか」と聞かれたので――


「とりあえず、死にたくないです」


 そう答えておいた。


 そして今日。ついに「クラス分け」の発表がある日が来た。


 早朝の掲示板前には、すでに生徒たちの人だかりができていた。全員が、まるで自分の未来を占うような気配で、張り出される紙を食い入るように見ている。


(まぁ、俺はFクラスだろうな……)


 この学園では、一週間の実力評価に基づいてA〜Fまでの六クラスに分けられる。Aが最上位、Fは最底辺。言うまでもなく、Fクラスは“脱落候補”の寄せ集め。


「アーレーン!」


 名前を探していると、背中にパシンッと衝撃が走った。背中を叩いてきたのは、赤髪に紅い瞳の少女――ルビア・アーデル。


「おはよ」


「おはよー。なんか、相変わらずそわそわしてて田舎者っぽいわね」


「それ、まだ言う?」


「だって事実だし?」


 彼女はいつもどおり明るくて快活で――いつもどおり、俺をいじってくる。


「……で、ルビアはクラス分け、気にならないの?」


「ぜーんぜん。どうせAクラスに決まってるし」


 どこからその自信が湧いてくるのか本気で謎だが、それが彼女の強さでもあるのだろう。俺みたいに「死にたくない」なんて言ってる時点で、器が違うのかもしれない。


 そうこうしているうちに、掲示板の前まで進める順番が回ってきた。


(よし、とりあえず……Fクラスから見よう)


 上から順に見ても、どうせFにあるのは目に見えている。さっさと現実を直視してしまった方が気が楽だ。


 ――そして、あった。Fクラスの欄にアレン・グレンバーン


「……うん、知ってた」


 完全なる予想通り。今さら驚きもしない。もはや清々しさすらある。


「俺はFクラスだったよ。ルビアは?」


 隣にいたルビアに声をかけると、なぜか返事がない。おかしいと思って彼女の顔を見ると、目を見開いて固まっていた。


「……ルビア?」


「あ、ああ……ごめん、ちょっとぼーっとしてた。Aクラスに……名前がなくて」


 言いながら彼女はBクラスの張り紙へと目を移す。だが――


「ない……。Bにもない……。え、じゃあC……? ……どこにも、ない……」


 あれほど自信に満ちていた彼女の表情が、みるみる青ざめていく。


「私が……Fクラス? そんな、嘘よ……ありえない……」


 ルビア・アーデル。その名前は、Fクラスの紙にも確かに記載されていた。


 彼女は信じられないという顔で歯を噛みしめると、怒りとショックに満ちた表情で言い放った。


「納得いかないから、抗議してくる!」


 そのまま掲示板の前から走り去っていく。おそらく職員室だろう。あんなルビアを見るのは初めてだった。


  そりゃ、あれだけ自信満々だったら……ショックもでかいよな


 でも、俺はどうしようもない。落ち込んでる彼女に何か言えるほど、俺に余裕はないのだ。


 仕方なく一人でFクラスの教室へ向かうことにした。


 Fクラスは、新校舎の華やかな教室とは真逆――旧校舎のはじっこの、半ば廃墟みたいな部屋だった。


 窓の隙間から風が吹き込み、床は軋む。椅子も机も年季が入りまくっており、座ったら壊れそうなやつも混じってる。


(ここ、ほんとに“学び舎”か?)


 そんな不安を抱えながら教室の扉を開けると、そこにはすでに数名の生徒がいた――が、明らかに普通じゃない。


 特に、ひときわ異質な二人組が目を引いた。


 一人は、白く美しいドレスをまとったいかにも“お嬢様”という出で立ちの少女。もう一人は、完璧なメイド服に身を包んだ少女。


 ……二人でティーセットを広げ、優雅に紅茶を飲んでいた。


(いや、場違いすぎない!?)


 自由な服装とは聞いていたが、あれはない。ていうか机と椅子も他のボロ机と違って、真っ白で高級感あるやつなんだけど!? 持ち込みか!?


(なるべく関わりたくないな……)


 そう思って目をそらす――が、遅かった。お嬢様と目が合った。


「そこのお方、こちらにいらっしゃいな」


「遠慮します」


「遠慮なさらず、さあ」


「い、いや、でも……」


「さ・あ・い・らっしゃい?」


 笑顔だが、声に一切の逃げ道がなかった。完全に逃げられない圧だ。


「……はい」


 仕方なく、俺は彼女のもとへ向かった。まさか、Fクラスの洗礼がこんな形で来るとは思わなかった――

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