第6話 優雅なる混沌、それがFクラス
「こちらへいらっしゃいな」
お嬢様のような口調に逆らえるはずもなく、俺は言われるがままに彼女の正面に用意された、場違いにもほどがある高級そうな白い椅子に腰を下ろした。座面がふかふかで、逆に落ち着かない。
「まずは自己紹介でもいたしましょう。私の名はエリーナ・グレイシャル。エリーナと呼んでくださいな。そしてこちらは私のメイド、ミーナ・クラウゼですわ」
エリーナと名乗った少女は、銀氷色のロングヘアに雪のような白い肌。整いすぎた顔立ちはまるで人形のようで、まったく探索者という泥臭い職業に見合っていない。気品に満ちたその姿は、貴族どころか“氷の精霊”とか言われても信じそうなレベルだった。
一方のミーナという少女は、機能美を重視したダークネイビーのメイド服に身を包み、黒に近いグレーのショートボブに、きっちりまとめた前髪。そして、表情はほぼ無表情。こちらもまた、探索者志望とは思えない整いっぷりだった。
「それで、貴方のお名前を教えていただけますか?」
思わず見惚れてしまい、名乗るのが遅れてしまった。あわてて返す。
「アレン、です」
……気がつけば、苗字を伏せて名乗っていた。あの名前を口にすれば、どうしても面倒が増える気がして。
「アレンですか。よろしくお願いいたしますね」
にこりと柔らかく笑うエリーナ。思わず安心しかけたその瞬間、ミーナが彼女に何かを耳打ちした。
耳打ちが終わったとたん、エリーナの表情がパッと明るくなり、期待に満ちた輝く瞳でこちらを見てくる。
「もしかしてアレン、貴方はあの有名な――勇者の末裔、グレイバーン家の方ではありませんの!?」
やっべぇ。
思わずミーナの方を振り返ると、彼女は涼しげな顔で言い放った。
「私はFクラス全員の氏名は把握しております。顔と名前はまだ一致しておりませんが今日中にさせるつもりです」
なにその無駄に高性能な能力! 何者だこのメイド!
「ミーナはとても優秀なんですの。誇らしいでしょう?」
いや誇らしがられても。こっちは爆弾が爆発しそうで冷や汗ものなんですけど。
「ふふ……でも、やっぱり私の目は正しかった。アレン、見てごらんなさい。他のクラスメイトたちの顔を」
言われて教室内を見渡すと、確かにどんよりとした絶望的な顔ぶれが並んでいる。もはや人生に絶望して座っている者、机に突っ伏して現実逃避している者までいる。
「この世の終わり、って感じですわよね。あの子たちは、きっと途中で脱落してしまう。でも、アレン、貴方の目は違う。希望の光を失っていない。だから私、貴方と話してみたかったんですの」
なんかやたらと評価されているが、俺の目が希望に満ちていたのは単に“Fクラスは想定内”だったからで、特に根拠はない。
「紅茶をどうぞ」
そう言ってミーナが差し出してきたのは、美しい磁器のティーカップ。香り立つ紅茶の匂いがふわりと漂ってくる。仕方なく一口飲んでみると――
「……美味いなこれ」
「ふふ、実家から取り寄せた最高級の茶葉を使ったものですの。お口に合って嬉しいですわ」
最初は“絶対関わりたくないタイプ”だと思っていたが、こうして話してみると案外――いや、予想以上に会話は楽しい。多少(というかかなり)お高くとまっているが、不快ではない。むしろ面白い。
――と、そんなほのぼのティータイムは、突然破壊された。
バァンッ!!!
教室の扉が、壊れるんじゃないかという勢いで開かれた。姿を現したのは――紅蓮のツインテールが燃えるような少女、ルビア・アーデル。
その顔は、はっきりと“機嫌が最悪”と書かれていた。
そして、彼女の視線がこちらに向くと――さらに機嫌が悪くなった。
あれ、俺、なにかしたっけ……?
と思っていると、彼女の視線はどうやら俺ではなく、エリーナに向いていた。そして、そのままズカズカとエリーナの席まで歩み寄り――
「久しぶりね、エリーナ。貴方がこの学園にいるなんて、思わなかったわ」
「相変わらず野蛮ね、ルビア。あなたが大見得を切ってFクラスとは……聞いたとき笑いを堪えるのに必死でしたわ」
「なっ……! あんたもFクラスじゃない!」
ぴしぴしと火花が散りそうな空気。……っていうか、この二人、知り合いなの!?
事情が分からず黙っていると、ミーナが耳元でひそひそと教えてくれた。
「お二人は幼馴染ですが、家同士が犬猿の仲でして……お嬢様方も自然とこのような関係に」
ああ、なるほど。ミーナ、マジで何でも知ってるな。頼れる。
――と、思っていたのも束の間。ルビアの鋭い視線がこちらに移る。
「アレン! 行くわよ! こんな女と一緒にいたら、命がいくつあっても足りないわ!」
「ちょ、ちょっと待って……!?」
なぜか腕を引っ張られて立ち上がらされそうになる。だが――反対の手をエリーナが掴んできた。
「ルビア、ずるいですわ。勇者の末裔を独り占めなんて許しませんわよ」
「え……」
その一言が、教室の空気を一変させた。
ルビアの動きが止まり、目を見開く。そして、俺の方をジッと見たあと――
「……え? あんた……グレイバーン家の人間なの?」
「え、いや、それは……その……」
しどろもどろになっている俺を前に、ルビアの目が点になる。
「うっそ……勇者の末裔って……あんた!? なんで最初に言わないのよバカ!」
「いや、だって言ったら絶対めんどくさくなるじゃん! 実際今めっちゃ面倒くさくなってるじゃん!」
教室の他の生徒たちもざわざわと騒ぎ始める。まさか、Fクラスに“勇者の末裔”がいるとは思ってもいなかったらしい。
その中で、俺はただひとつ、確信した。
(ああ……完全に、面倒くさい展開になった……)
ため息をつきながら、両腕を引っ張るお嬢様とその幼馴染に挟まれ、俺のFクラス生活が本格的に幕を開けたのだった。
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