第4話 ようこそ、死と試練の学び舎へ
探索学園オルビス――それは、未来のダンジョン探索者を育てるために設立された、世界でも屈指の“実践主義”の教育機関だ。
命を賭ける覚悟がなければ卒業すらできない。むしろ、卒業できたら英雄扱い。それほどの厳しさを誇るこの学園の門を、俺――アレン・グレンバーンは、いま、ついにくぐった。
でか……。
立派な門、荘厳な石造りの建物、魔法的な装飾がされた中庭。すべてが見たことのない異世界だった。ミルゼン村の素朴な木造校舎が、走馬灯のように思い出される。いや、まだ死んでない。
気持ちを引き締め直して歩いていると、聞き慣れた声が背後から飛んできた。
「おーい、アーレーン!」
紅蓮の髪が揺れながら近づいてくる。ルビア・アーデル。街で偶然会って、入学前から妙に気さくに話しかけてくる女の子。少し釣り目で、気が強そうな顔つきだが、今は楽しげに笑っている。
「ふふ、やっぱり田舎者オーラ出まくりだね。見てるこっちがソワソワするくらい」
「それ、昨日も言ってたよな……」
「うん、でも事実は繰り返しても面白いでしょ?」
どこまで本気なのか読めない笑み。からかわれてるのは間違いないが、不思議と嫌な気分にはならない。なんというか……人懐っこい狐みたいなやつだ。
「入学式、楽しみ?」
「いや、不安しかない。むしろ帰りたい」
「おー、正直でよろしい。私はワクワクしてるけどね。やっと本気で力を試せる場所に来たって感じ!」
「うらやましいくらいポジティブだな……」
冗談混じりに言うと、ルビアは少し得意げに胸を張った。
「当然でしょ? だって私、ここで英雄になるんだから!」
……そういうセリフを、サラッと言える人間に、俺はなりたい。
そんなやり取りを交わしながら、案内に従って講堂へと向かう。入学式は、巨大な石造りの建物の中――魔法的装飾が施された荘厳な空間で行われる。
席につくと、周囲には緊張した表情の新入生たちがずらりと並んでいた。上流階級風の身なりをした人、明らかに冒険者上がりな雰囲気の人、魔導書を抱えて目つきの鋭い人……まるで全員が“本物”に見える。
(あれ? 俺だけ間違って来たのでは……?)
自分だけ空気感が違う気がして、胃が痛くなってきた。
そして、壇上に一人の老人が現れる。長い帽子に黒と金のローブ。いかにも“大魔法使い”といった見た目で、杖をついてゆっくりと前に出る。
「えー、入学おめでとう。わしがこの学園の学長、マグレスト・ヘムロックじゃ。歳は聞くな、すぐに忘れる」
開幕からジョークを挟んでくるが、誰も笑わない。むしろ沈黙が深まった。
「ふむ……まあ、それはよい。諸君、よくぞ来てくれた。我が探索学園オルビスは、他のどの教育機関とも違う。なぜなら――ここでは“死”が隣り合わせだからじゃ」
(え? いまサラッととんでもないこと言ったよね?)
マグレスト学長は続ける。
「この学園での学びは、すべて実践に通ずる。君たちが学ぶのは、知識や教養だけではない。“生き延びる術”と“仲間を守る力”――それこそが探索者に必要なものじゃ」
壇上に立つその姿は老いているが、その言葉にはどこか凄みがあった。
「試験は厳しい。訓練も過酷。脱落者は出るだろう。だが、ここを生き延び、卒業する者は皆、真に一流の探索者となる」
重い言葉が、講堂の空気を支配する。誰もが飲み込まれ、黙って学長の言葉に耳を傾けていた。
「ようこそ――死と試練の学び舎へ。諸君らの健闘を祈る」
そう言って、マグレスト学長は静かに頭を下げた。
入学式が終わると、生徒たちはそれぞれ寮の案内や明日からの予定の説明を受けることとなった。ざわつく講堂の中、俺はぼんやりと天井を見上げる。
きらめく水晶の光が、どこか現実離れしている。
ルビアが隣で小さく息を吐いた。
「ふーん、やっぱりこの学園、普通じゃないね」
「何を今さら……」
「でも、悪くない。……面白くなりそう」
紅蓮の瞳が、まっすぐに前を見据えていた。その横顔は、どこか誇らしげで、まるで“冒険の始まり”を心から楽しんでいるようだった。
俺も、前を向かなくてはならない。
(逃げてばかりじゃ、何も始まらないもんな)
勇者の末裔? そんなの今は関係ない。まずは、この学園で生き残ること。それが今の俺の――最初の一歩だ。
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