第3話 転がるリンゴと、運命の出会い

 翌朝。俺はついに、故郷であるミルゼン村を旅立った。


 長閑な田舎の風景とも今日でお別れだ。小さな村の片隅で、ちまちまと剣を振っていた俺が、いまや「命がけの学園生活」へと突入するなんて、人生何が起きるかわからない。


 ――数日後。


 馬車に揺られながら、ついに目的地へとたどり着いた。探索学園オルビスがある街、ノウレラ。


 ……第一印象。うん、ヤバい。


 通りには武装した男たちがうろつき、全体的に空気がピリついている。剣や斧を背負って歩くのが当たり前という光景に、田舎育ちの俺はもう完全にオロオロ状態だった。


 うわぁ……あっちの人、肩に大剣背負ってるし……


 見た目だけでHPが削られていく感じ。そんな中で、俺は探索学園オルビスのある丘の上を目指して歩いていた。


 ――と、その時。


「……あっ」


 ふと視界の隅で、誰かが転ぶのが見えた。


 小柄な老婆が、買い物カゴをひっくり返して、リンゴが数個、コロコロと石畳の上を転がっていく。


 ……周囲の人間は見て見ぬふり。通行人は素通り、完全スルー。都会ってやつは、冷たいんだな。


 しょうがない、拾ってやるか


 そう思って腰をかがめ、リンゴをひとつ拾い上げる。そして、最後のひとつに手を伸ばそうとしたその瞬間――


 「それ、取った」


 すっと、俺よりも早く誰かの手がリンゴを拾い上げた。細く白い指。女性の手だ。


 顔を上げると、そこにいたのは――


 紅蓮のような髪と瞳を持つ、美しい少女。釣り目がちの瞳は少しキツそうにも見えるが、今は柔らかく微笑んでいた。


「ほら、君も拾ったんでしょ? 渡してあげなきゃ」


「……あ、うん」


 言われるがまま、リンゴを老婆に差し出す。彼女も静かにそれを渡し、優しい声で言った。


「気をつけて帰ってくださいね」


「ありがとうや……二人とも」


 老婆は深く頭を下げた。少女は「気にしないで」と笑みを浮かべて、さっとその場を立ち去る。俺もつられるように一礼して、その場を離れた。


 ……そして気づけば、俺たちは同じ道を歩いていた。


 なんだか気まずい。別に知り合いってわけでもないし、向こうは気にしてないだろうと思ったら。


「ねえ、貴方ってもしかして、オルビスに入学するの?」


「え? う、うん、そうだけど。なんで分かったの?」


「だと思った。すっごくキョロキョロしてて、田舎者丸出しだったから」


「……うぐっ」


 ズバッと切られた。いや、事実なんだけどさ。


 少女は口元を隠すようにしてクスクスと笑った。その笑顔は意外と可愛らしい。見た目とのギャップが大きい。


「私もオルビスに入学するの。名前はルビア・アーデル。よろしくね、田舎者くん」


「……アレンだ、よろしく」


 妙なあだ名がついた気がするが、とりあえず名乗っておいた。もちろん、苗字は伏せる。今ここで「グレンバーン家の者です!」とか言ったら、どうなるか想像するまでもない。


「ねぇ、聞いた? 今年、勇者の末裔の一族の一人が入学するんだって!」


「へ、へぇ……そうなんだ……」


「どんな人か気になるよね~。きっと凄腕のエリートなんだろうな。まあ、私は成績で負けるつもりないけど?」


「ハ、ハハ……」


 内心は滝のような冷や汗だ。えぇ、俺ですけど? でも言えねぇ!


「……ねえ、本当に聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


「なら、私が名乗ったんだから、貴方もちゃんと名乗りなさいよ」


 ちょっとだけ不機嫌そうなルビアが、ツンとした顔で迫ってくる。いや、さっきアレンって言っただろ!?


「アレンだよ」


「アレン……ね。まあ、いいわ。同級生になるんだし、よろしくね。ただ……」


 彼女は俺を上から下まで見て、ふん、と鼻を鳴らす。


「その立ち振る舞いを見る限り、同じクラスにはならなそうね」


「……そ、そうだな……」


 探索学園オルビスでは、入学後の一週間で実力を評価され、その後A~Fの六つのクラスに分けられる。もちろん、Aが最上位で、Fが最下位。


 俺? そりゃ、たぶんFですけど? 最底辺ですけど? 文句ありますか?


 彼女はきっと、A~Bクラスあたりに行くんだろう。自信たっぷりな雰囲気と、さっきの反射神経の鋭さを見れば、わかる。


「私はここで、実力を証明するわ。そして……とりあえずの目標は、“勇者の末裔に勝つ”こと!」


「……っ!?」


 やめて。マジでそれ、俺だから。笑えないから。


「ふふ、冗談よ。……たぶん」


 ルビアはいたずらっぽく笑いながら、坂の上を指さす。その先には、探索学園オルビスの威風堂々たる門構えがあった。


 とうとう着いた。夢と希望、そして――生存率三分の一の学園生活の始まり。


 ……まさかの“勇者の末裔打倒”とか、波乱の予感しかしないんだけど!?


 俺はそんな予感に背中を押されるようにして、学園の門をくぐることになるのだった。

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