3. プロローグ:ある一日(後篇)
そう心を決めたところで、今度は別の疑問が生まれる。
「あの……私はこの世界にいる間、何をすればいいんでしょうか?」
「特に決まりはないから自由に過ごしてもらっていい。アカリの生活は我々が保証する」
そう微笑む王様の
――うん、歓迎されていない雰囲気がひしひしと伝わってくる。
それはそうだろう、元の世界に戻るまでどれだけ時間がかかるのかわからないが、働きもせずにぐうたら過ごされれば王国としても負担になるのでは。
とはいえ、この右も左もわからない世界に放り出されて生き延びられる自信はまったくない。
そもそもこの世界がどんな場所なのかもわからないし。
さて、どうしたものか――
「――して、アカリ殿」
「は、はい!」
威厳のあるレオニーダさんの声に、思わず返事も大きくなる。
しかし彼は気にも留めない様子で眼鏡を直しながら続けた。
「王様はそう
――ですよね。
「そのためにも教えてほしい。君の特技が一体何なのか」
恐れていた質問に、私は思わず苦笑いを浮かべた。
私に特技なんて何もない。
学校の成績だってそこそこだったし、運動神経も普通、仕事がずば抜けてできるなんてことは当然なく、ここまで細々と生きてきたのだ。
それこそ、魔王を討伐して世界を救えるような力なんて――私にはこれっぽっちもない。
背伸びをしたって仕方がない。
素直に白状しようと私はひとり覚悟を決めた。
「……すみません。正直なことを言えば、胸を張ってお伝えできるような特技は私にはありません」
そう答えた私に、バラム神官長が小さく吹き出す。
「ですが」
私は続けた。
「――私は、絵を描くのが好きです」
***
「「ごちそうさまでした」」
ふたりの声が綺麗に揃ったので私は思わず吹き出すけれど、目の前のレオニーダさんの表情は変わらない。
レオニーダさんはクールだ。
いつも真面目な顔をしていて、笑ったところを見たことがない。
「じゃあレオニーダさん、今日の分渡すのでちょっと待っててください」
そう伝えて私は作業部屋に戻る。
机の上には先程完成したばかりのイラストがそのままの状態で置かれていた。
そこに描かれているのは、なんてことのない日常の風景。
肩を寄せて歩く高校生カップル、ガードレールの先で咲くひまわり、そして道端で眠る猫。
私がかつていた世界の日常を描いたイラストだ。
その他に机の中に入れていたイラストを取り出して封筒に入れる。
全部で5枚、今週分のノルマ達成だ。
そう――私は今、毎日絵を描いて暮らしている。
あの日ペンと紙を借りてその場で描いたイラストを、王様はとても気に入ってくれた。
「なんと、上手いものだな……もしアカリが良ければ、もっと描いてくれないか」
「え、こんなイラストでいいんですか?」
「
なるほど、私がいる世界を知るための資料としたいようだ。
私のイラストがどれだけリアルかと言われると少し自信がないが、大好きな絵を描いて暮らせるなんて願ったり叶ったり。
なにより、プロでもなんでもない見習いレベルの私の絵を喜んでもらえるなんて、本当にありがたい話だ。
「はい、頑張ります!」
笑顔の王様の隣で、レオニーダさんはあいかわらず厳しい表情だ。
でも、先程よりはわずかながら雰囲気が
少しは利用価値があると認めてくれたのだろうか。
「――確かに受け取った」
封筒を受け取ったレオニーダさんは特に中を改めることなく、肩掛け鞄の中に入れた。
「毎回すみません。レオニーダさんお忙しいのに……」
「問題ない。君がここに住むことは私が提案したことだ」
レオニーダさんは「また来週来る」と玄関を出ていく。
お見送りのため外に出ると――そこには身の丈7、8メートル程の赤い竜がいた。
「こんばんは、ルーファス」
私が声をかけると、竜――ルーファスが返事をするように小さく吠える。
最初こそ見たことのない生物に声が出ない程驚いたけれど、見慣れてくると親しみが湧いてくるから不思議だ。
表情は飼い主(?)のレオニーダさんに似て
レオニーダさんがルーファスの背中に
「それでは、また来週」
「はーい、おやすみなさい」
そう言ってひらひら手を振ると、レオニーダさんは無言で
――ガァッ
ルーファスがもう一度吠え、星々が輝く夜空へと飛び立つ。
その小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、今週も無事に終わったと私はほっと胸をなで下ろすのだった。
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