2. プロローグ:ある一日(中篇)

「それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」


 私の声に続いて、レオニーダさんがぼそりとつぶやく。

 初めて一緒にごはんを食べた時は「何だ、その呪文は」と言っていたけれど、食材の命に感謝する言葉だと伝えてからは、素直に言ってくれるようになった。


 レオニーダさんがおわんを口元に持っていく。

 静かに味わう様子を見ながら、ついついリアクションを待ってしまう。


「――うまい」


 ぽつりとこぼれた言葉にほっと一安心。

 すると、レオニーダさんの鋭い眼差まなざしが私をとらえた。


「……何だ」

「いや、レオニーダさんのお口に合うかなぁと思って」

「君の料理はいつもうまい」


 そうとだけ言って、レオニーダさんは箸でごはんを食べ始める。

 最初は少なからず戸惑とまどっていたように思うけれど、今ではすっかり慣れた手付きだ。

 焼き鮭も器用に食べている。


 ほっとしながら私も豚汁とんじるに口を付けた。

 ふわりとした味噌の香りとともに、その穏やかな味を楽しむ。

 子どもの頃から数えきれないくらい食べてきたけれど、お味噌汁を飲むと落ち着くのはやはり日本人だからだろうか。

 いや、目の前のレオニーダさんも気に入ってくれている様子からすると、世界中の人々をとりこにするスーパーフードなのかも知れない。


 大根を噛むとほろりと崩れて、じわりと控えめに味がしみ出す。

 じゃがいもはほっくり、ごぼうはしゃきり、こんにゃくはぷりぷりと。

 お肉が入っているお蔭で食べ応えもあり、我ながら上手く作れたとしたり顔。


 ごはんで口の中をリセットしたところで今度は鮭を頂く。

 塩がほど良く効いていてごはんが進んだ。

 目の前のレオニーダさんを見ると、お茶碗ちゃわんが空になっている。


「おかわり、いります?」

「……あぁ」


 お鍋からおかわりをよそう。

 ごはんも上手くお鍋で炊けるようになって良かった。

 あっちの世界では、炊飯器でしか炊いたことなかったから。


「はいどうぞ」

「……礼を言う」


 レオニーダさんは真面目な表情を崩さずにごはんを口に入れる。

 ――きっと、その雰囲気が少しだけやわらかくなっていることに、本人は気付いていない。

 やっぱりごはんって偉大だなぁ――そんなことを思いながら、私もおいしくいただいた。



 ***



 そもそも何故私がレオニーダさんと夕食をともにしているのか。

 そこに至るまでには、2ヶ月程時をさかのぼる必要がある。


 近所のスーパー帰り、謎の光に包まれた私は気付くと見たこともない場所にいた。

 まるでテーマパークにでも迷い込んだかのような豪華な部屋、そして私を取り囲む不思議な格好かっこうをした人たち。


 言い方はあれだけれど……そう、それこそアニメかゲームの世界のような。


「――なんと、新たな勇者か」


 王冠をかぶった――恐らく王様であろう男性が驚いたようにそう言った。


 ……うん? 勇者?


 スーパー帰りの格好の私は、そのまま王様と何人かの取り巻きの人たちに別室に案内され、この世界の話を聞くことになる。

 両手に抱えていたたくさんの食材たちは、重いので一旦預かってもらうことにして。


 そこで私が聞かされたのは、とても現実とは思えない物語だ。

 数十年に一度復活する魔王を倒すため、力を合わせて立ち向かう国々。

 目標を達成するため、それぞれの国は持てる力を提供し合うのだという。

 ある国は大勢の兵を、ある国は大量の物資を、



 そしてこの国は――異世界から召喚した勇者を。



 勇者はこの国の守護神の気まぐれで選ばれる。

 出身の世界も年齢もバラバラ、但しなんらかの力に秀でた者が必ず現れるらしい。


 しかし、私は自分の置かれた状況への理解が追い付かない。

 そもそも何故私が?

 何の力も持たない普通の会社員だというのに。


 動揺する私にとどめを刺したのが、レオニーダさんの冷静な一言だった。


「なお、アカリ殿――此度こたびの魔王の討伐は先日無事完了したという報告がきている。つまり、君の出番はない」

「……えっ」


 勝手に召喚された挙句あげく、そのお役目すらないなんて。

 別に魔王の討伐をしたかったわけじゃないけれど、まったくひどい話だ。


「いやぁ、申し訳ない。我々としては召喚魔法を止めたかったのですが、守護神からは一度発動した魔法は止められないと言われておりまして――だからこそ誰も引っ掛からないことを祈っていたのですが」


 胡散臭うさんくさい格好をした中年男性――周囲からバラム神官長と呼ばれていた人が、王様の方をちらちらと気にしながらしゃべる。

 ……謝って済むなら警察はいらないが、ちゃんと謝られないとそれはそれでしゃくだ。

 せめてもの抵抗に、バラム神官長をじっとりと睨んでやる。


 まさかこのまま自分の世界に戻れないなんてこと、ないでしょうね。

 無断欠勤で会社をクビにでもなったら目も当てられない。


 そんな私の不満げな態度に気付いたのか、王様が前に歩み出て言った。


「アカリ、すまなかった。元の世界に帰る方法がないわけではないが、世界を超える魔術を使うには相応の準備期間がいる。すまないが、しばらくはこの世界で過ごしてもらえないか」


 申し訳なさそうな表情の王様に、少しだけ気持ちが落ち着く。

 どうやら悪いひとではなさそうだし、最悪帰れないということはないらしい。

 まぁ、仕事のことは帰ってから考えればいいか――今悩んだってどうしようもないし。

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