『中国男子高校生の夏期講習ストーリー ~コンビニ休憩で見つけた、ちょっとしたときめき~』

@XiK

第1話

……トン……トン……トン……

半フロアごとに9段ずつ続く階段。54段目を踏みしめた時、やっと4階に辿り着いた。


薄暗い教室にこもる熱気が、夏休みの訪れを告げている。それなのに、どこにも「素敵な夏」の気配はない。

額を伝う汗。背中に食い込むリュックのストラップ。左肩のベルトを外し、窒息しそうな背中に息を吹き返させる。ちょっと動くだけで汗が噴き出す――これが俺の夏休みだ。


校舎の外は工事中らしく、騒音がうるさい。天井にへばりついた蛍光灯が今にも落ちそうで、かすかに光っている。そろそろ修理が必要なんだろう、この暗さじゃ目が悪くなる。


スマホを教室前の収納ポケットに放り込み、低い天井の教室にかがんで入る。物理の授業まであと42分。

前方の席には数人の生徒が無言で問題を解いている。後方の暗がりには、早くも「堕落ゾーンの帝王」が陣取っていた。彼のスマホ画面が、コーナーで唯一の光源だ。


市立第二中学の生徒が最前列にいたので、隣の席にリュックを置いた。蛍光灯の真下だから、まあまあ明るい。彼がコーヒーを一気に飲み干し、再びペンを走らせる。

とにかく、この教室で背筋を伸ばして座るには、速攻で着席するのが鉄則だ。


腰を下ろす。彼は問題を解き続ける。薄暗い光が机の上に影を落とす。頭一つ、肩二つ、腕二本、手二つ、ペン一本――どれが俺の影で、どれが彼の影か、見分けがつかない。

「昨日の英単語、覚えた?」俺が聞く。

「ああ」

「多すぎて無理だったよ」

「まあまあだろ」

「……まあまあか」

「8日目と比べてみろよ」

「だからまあまあって言ってるだろ!」


「さすがエリート校の皆さん!昨日の課題終わってるんですね~。僕まだ途中なのに!」後ろの席から声が飛んだ。

「あ、すまん」

「ごめん」


夏休みの課題を出そうとすると、机の中にコーヒーとノートが。ノートの角が折れていて、表紙に文字が走っている。


《8:00-10:00授業の方へ

私は10:15-12:15の授業者です。8時からの授業にも出るため、到着時はほぼ最後列です。退出時にこのノートを机に置いて席を確保してください。コーヒーは未開封。プレゼントとしてどうぞ。》


席取りだったのか!

……ってことは、俺も真似できる?


次の国語の授業で最前列をゲットできる! 舞い上がりながら国語の教科書を取り出し、同じメッセージを表紙に書き写した。隣の教室にコーヒーとセットで置こう。この缶コーヒーは甘すぎる。後味も気になるから、次の幸運な誰かに譲るか。

……そういえば今日まだ飲み物買ってない。


教科書を脇に抱え、低天井教室を出る。背筋を伸ばす。

廊下に差し込む朝日がまぶしすぎて、目を何度も開閉しながら国語教室へ向かう。


窓ありエアコン完備の天国だ。かがんで最前列中央に教科書を置き、窓の外を見る。


女生が窓枠にもたれ、木々の梢を見つめている。左耳だけにイヤホン、右のコードを人差し指でくるくる巻いている。左手で頬杖をつき、木漏れ日がふわふわの髪を染め、コードを伝い、白いシャツに染み込む。スカートが風にひらり。斜光が彼女を明暗に分け、ふくらはぎまで届く。左足のつま先を立てて、くるぶしを揺らす。白いソックスが黒い靴に映える。


こんな感覚、ずっと忘れていた。


陽炎に浮かぶ塵がキラキラ光る。タイダロス現象って、こんなに美しかったのか。


ふと、彼女の口からこぼれた旋律に耳を奪われる。

待てよ……

『青い珊瑚礁』?!岩井俊二の『ラブレター』で聴いたあの曲だ! 男の藤井樹が最期に歌ったラブソング。あの淡い恋心に胸を打たれ、何度もリピートした夏。


昔の夏休み、課題を終えると『青い珊瑚礁』を爆音で流し、本を持って階段を駆け下りた。残り2段で飛び降り、無重力を味わう。4階から1階まで、それを6回繰り返す。焼けたアスファルトを横切り、小さな店に飛び込む。古びた扇風機がきしむ中、店主のおじいさんが籐椅子でうたた寝している。


見上げた先には――学校の向かいのローソン。手には本も、耳には懐かしい旋律もない。工事の騒音だけが鳴り響く。

いつから校舎の外に? なぜコンビニ前に?

……そうだ、まだ飲み物を買っていなかった。


昔は冷蔵庫からキンキンに冷えた茉莉蜜茶を取り出し、三枚のコインをカウンターに置き、眠そうなおじいさんに挨拶して広場のクスノキへ直行した。蝉時雨の中、夏の終わりまで座り込んだ。あの甘く冷たいお茶にふさわしいのは、輝く夏だけだ。


今の俺はもう茉莉蜜茶を飲まない。甘すぎる。


飲み物コーナーで迷う。東方樹葉(ドンファンシュウイエ)は1300円? 学内より40円も高い……三得利の微糖は甘くも苦くもない。伊藤園のお~いお茶か。物足りないが仕方ない。


屈んで取ろうとした時、一番下の隅に茉莉蜜茶が光る。


迷っていると、自動ドアの「いらっしゃいませ」が響いた。三人の学生が笑いながらドリンクコーナーに来る。二人が「脈動」を、もう一人が知らないブランドのコーヒーを取る。


奥の方の茉莉蜜茶を手に取る。あまり冷えていない。


レジを済ませ、一口含む。結局ケチったんだ。40円安いから選んだだけだ。


店の外では、アスファルトの熱気が陽炎を揺らす。工事の音が止み、かすかに蝉の声が聞こえる。

夏が来るのか……


茉莉蜜茶をぐいっと飲む。

やっぱり冷えてない。


ローソンを出ると、再び「いらっしゃいませ」が響く。青信号で焼けた道路を渡り、54段の階段を登り、4階の教室へ戻る。


あの国語教室の女生が、最前列中央で俺の教科書の表紙を読んでいた。

……彼女が笑った?


彼女もそのメッセージを生物の教科書に書き写し、コーヒーと共に隣の教室へ運んでいく。

どうやら彼女もあのコーヒーは飲まないらしい。


つま先で軽やかに教室を出る。風がスカートとシャツと髪とイヤホンコードを翻す。左手でコードをたぐり、ポケットに仕舞う。そして元の窓枠に戻り、本を読み始める。


いつの間にか蝉時雨が校舎に響き、陽が半分の教室を満たしている。

本の表紙は見えないが、窓枠に半分だけの茉莉蜜茶が置かれているのが見える。


手のひらに残る冷たさがじんわり広がる。

ふと向かいの窓に、茉莉蜜茶を握った男生が立っている。


再び低天井の教室に戻る。背筋を伸ばして座る。

「さっき何かあった?」

「いや……特に。25分くらい経ったか……30分かも」

「まだ42分にはなってない」

「そうだな。それだけ言いたかった」


「君って面白いな。友達になろう。市立二中から来た」

「君みたいな優秀な友達ができて光栄だ」

「実はさっきの女生……」彼は声を潜めた。「俺のクラスメイトだよ」


!!!!

……


「エリート校の秀才がそんなこと気にするの?」

「秀才じゃないよ!君の方がすごいだろ!」

「お前……」

「俺らも人間だぜ!へへ!それに『そんなこと』って具体的に何だ?」

「もういい……」

「自爆したのは君だろ!」

「ただ……趣味が合う友達が欲しいだけだ」

「つまり『趣味が合う友達が欲しい』ってことだな」

「マジで!今どきあの歌知ってる人いる?」

「だからさ、『趣味が合う友達が欲しい』んだろ?」

「はははは……」


「課題終わったー!」後ろの生徒がペンを放り投げた。

「おめでと!」

「おめでと!」


振り返ると、物理教師が教壇でクコの茶をすすっていた。ホワイトボードには二つの磁石と磁力線が映っている。

「さて、授業を始めよう」


蝉時雨が続く。結露が瓶を伝い落ちる。

夏が、来たんだな。


明日は早めに席を確保しに来よう。教科書の表紙にまだ書き込む余地あるかな……

そうだ、茉莉蜜茶を二本買わないと。

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