第2話 不愛想な剣士と食いしん坊な魔法使い

 時代は西暦二千二十年代、所は日本のある町に立地するごくごく普通の高校の裏山。


「漱ーっ! そっちいった!」

「そんなこと分かってる!」

「たまに分かってないじゃん!」

「無駄口を叩くな、ユズ!」


 トロールが棍棒を振り回しながら襲い掛かってくるのを見据えながら、萩原 漱はぎわら そうは腰の太刀を抜いた。


 正面から走りこんでくるが、漱は避けようとせず、刀も構えず、突っ立ったままでいる。

 トロールが漱に向かって棍棒を振り上げた瞬間に、彼は動いた。


「抜刀術式・炎化。乱獄炎・絶刀」


 炎を帯びた刀身で、トロールを袈裟斬りにする。

 明らかに過剰な攻撃は、トロールを完全に消し去った。


「そ、漱! だ、大丈夫!?」


 太刀を鞘に仕舞っている漱のもとに駆け寄ってきたのは、金髪で金の瞳をした少女、桜田楪さくらだ ゆずりは


「たかがトロールに負けるとでも?」

「だって……私たち、普通の高校生なんだよ!?」

「能力は全く衰えていないからね。君だってそうだろ。神雷業火魔法とか使ってみせるし」

「そ、そうだけど……」


 楪が言葉を続けようとしたところで、チャイムの音が耳に飛び込んでくる。


「うわっ! 昼休み終わりの予鈴だ……!」

「弁当食べ損ねたな」

「死んじゃう……!」


 二人は教室を目指し、裏山を駆け下り始めた。








「……ハンバーガーおいひい……」

「モンスターを倒して日本円がドロップされる仕組みは意味わからんが、とりあえず有難い」


 放課後、二人は昼食を食べられなかった代わりとして、ハンバーガーをがつがつと食べていた。


「それにしてもユズ、すごい食欲だな……」

「今日はあんまりお腹空いてないよ。まだ二つ目だし」

「君は一体何を言ってるんだ」


 ユズが二つ目を平らげ、三つ目に手を伸ばしたところで、漱は珍しく真面目な顔をして口を開いた。


「で……家族とはどうだ?」


 楪はハンバーガーの包装を剥がしながら答えた。


「……の両親と違って優しい両親たちだし、弟妹ともよくやってるよ」

「……それなら良かった」


 漱は毎週のごとくこの質問をする。楪からは全く同じ回答が返ってくるのだが、その度に漱は「良かった」と言う。


 しかし、今日はそれだけではなかった。


使と……は?」

「話してない……話せるわけないよ」


 楪は自嘲するように笑った。


 最強の剣士ソウと、天才魔法使いユズは、その出会いの五年後に魔王を撃破した。しかし、その勝利は彼らの生命と引き換えのものだった。

 そして、なぜか令和の日本に転生する。前世の記憶と力を引き継いだままで。


「それにしても、これから忙しくなるねえ」


 楪は話題を変えた。首を傾げて金髪を揺らす。


「なんかあったっけ……?」

「え!? 文化祭だよ!! 忘れたの!?」

「あー、あの学生が狂ったようにわーきゃー騒いで好きでもない奴に告白とかしちゃうイベントか」

「解釈がおかしい……」


 漱はモンスター討伐とジャパニーズサブカルチャーにしか興味がなく、高校生活に対してドライであるため、文化祭などといった行事は彼の脳内スケジュールにメモされないのだ。


「楽しみじゃない?」

「まあ、一年に一回漫研が閉ざされた扉を開く日だ。去年から品質は進化しているだろうか」

「自分のクラスの事を考えてよ!」

「……何やるんだ? クラスでは」

「うーん、まだ決まってないみたいだしわからないけど、楽しみだなー!」


 一方、二年三組文化委員、篠崎花蓮しのざき かれん福山遼一ふくやま りょういちは、壮絶な議論を交わしていた。


「無理だろ……! ミッションインポッシブルだ!」


 遼一は机をたたいて呻く。優等生な七三の黒髪は崩れ、眼鏡もずり落ちようとしている。


「そんなことは……そんなことは無い! 我々の悲願を、必ず叶えなければ……! 不可能を可能にしなければ……!」


 花蓮は普段のクールキャラを投げ捨て、髪を振り乱し口角泡を飛ばす。その目は完全に常軌を逸していた。


「そうだ……奴だ、奴ならあるいは……」


 遼一は何か閃いたように目を見開き、手元のファイルから一枚の写真を取り出した。

 その写真には、漱と楪が共に弁当を食べている様子が写されている。構図からして、盗撮である。


「そうか、その手が……! よし、今すぐ準備に取り掛かれ。いける、いけるぞ……。はーっはっはっは!!!」


 花蓮は狂ったように笑う。福山もスマートフォンを操作しながら、凄絶な笑みを浮かべていた。


「桜田楪……! もう逃げられんぞ……! フハハハハハ!」


 廊下を通りかかった生徒は、とても怖かった、とのちに語っている。まるで、悪魔にとり憑かれているようだと……。

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