第3話 青春とは何ぞや

 結局、クラスの出し物は喫茶店に決まった。


「おおーっ、萩原君、すごいね!」


 漱はフライパンを巧みに操り、ケチャップライスを完成させる。

 さらに、卵をボウルに片手で割り入れ、溶き卵を作成。フライパンに流しいれた。

 こなれた様子で、オムライスを完成させる。もちろん、オムレツでケチャップライスは完全に覆われている。


「こ、これは……」

「あの萩原にこんな特技があったとは……」


 クラスは騒然となる。

 今、喫茶に出す料理を、家庭科室からカセットコンロやその他色々を借りてきて試作しているのだが、漱がそのほとんどを作り出しているのだ。


「まあ、だいぶん練習したからな。家庭料理と冒険者キャンプ飯は任せろ」


 前世で、漱はパーティの料理番も担当していた。楪の恐ろしい食への欲求を満たすため、彼はめきめきと料理の腕を上達させたのだ。


「よし、料理長は萩原で決定! 皆萩原から習うんだぞ! 目指せ売上一位!」


 盛り上がりが最高潮に達したクラスから出て、漱は廊下で外の空気を吸った。


(一体あの盛り上がりは何だったんだ……?)


 彼は人間の興奮心理について分析しながら教室を眺めていたが、あるクラスの女子から話しかけられる。


「萩原君……ちょっといいかな?」













 食べはしても作ることはできない楪は、隅のほうでぽつねんとしていた。


 彼女は十数年長く周りのクラスメートよりも生きており、いわゆる『若さ』というものを失っていた。

 そもそも故郷のいじめに耐えかねて旅に出たのだから、同世代にも興味はない。だから、漱がオムライスを作ってもそんな興奮もしないし、文化祭に青春を賭けよう、みたいなノリもない。


 友達も漱以外いないため、こういうときはボッチだった。


「さみしくなんてないし、向こうも私みたいなのといるのは大変だろうし……。って私、誰に言い訳してるんだか……」


 ふと廊下に目を向けると、漱が出て空を眺めていた。話しかけようと思って立ち上がったが、すぐに知らない女子が彼に話けているのに気づく。


「なっ……! もしや、恋愛沙汰……。あの漱に……!?」


 漱とその女子が歩いていくのを、愕然とした様子で見守っている彼女は、文化委員からの視線に気づかない。
















 数日間、楪は絶不調だった。

 看板づくりのために使うのこぎりで手を切ったり、突然壁に衝突したり、何かするのに魔法を使おうとして漱に小突かれたのも一度や二度ではない。


「ユズ……。一体君はどうしたんだ? いつもの君はしっかり者を演じようとしてドジするキャラなのに、最近は演じようという気もないだろ」


 漱からの悪口としか思えない言葉に対しても上の空。


(ああ……あのことを聞かなくちゃ……。漱、青春してるのかな……。一緒に魔王まで倒した仲なのに、突然壁が出来たような……)


 壁を作っているのは間違いなく楪である。


「ユズ、本当に大丈夫か? もしかして魂でもモンスターに持っていかれたのか……?」

(聞く、聞くんだ!)


「そ、漱!」


 思ったより大声が出た。


「あ、戻ってきた……」

 漱はなぜか安心している。


「あの、今付き合ってる人とか、いるの!?」


「え、いないけど……。え、まさかその手の悩みでここ数日間……?」


「ほ、本当に!? こ、この前、倉田さんと話してたでしょ!」

「……倉田……? 誰だ……? ああ、あの人か……。うん、その件ならその手の話じゃあない。安心し給え」


 漱は嘘をつかない。それが彼の長所であり、最大の欠点でもある。もちろん、楪はそのことをよく知っていた。


「そ、そう……なら良いんだけど……」


 安心したように息を吐く楪は、ふと疑問を抱く。なぜ、いま安心しているのだろうか、と。

 しばらく悩んでいたが、漱の表情を見てそんなことは忘れてしまった。


 彼は、邪悪な笑みを浮かべていたのである。


「ど、どうしたの……?」

「いやあ、別に?」


 楪はこのことも知っていた。


 漱が笑うときは、大抵碌なことが起こらないことを。

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