第27話 召喚陣(コール) ②
僕は希実の話を聞き終えて、思わずシートに描かれた魔法陣に目をやった。
「…なるほど。つまり、これは『
悠真の胸に去来したのは、驚きよりも、むしろ妙な納得感だった。フィネアスが感じたという「封印された力」は、超常的な魔力などではない。あれは、一人の女性「神坂玲奈」の並々ならぬ熱意と、愛する作品への「本気の思い」が封じ込められた一種の記念碑だったのだ。
フィネアスの言葉は的外れではなかった。この
店にとって、これは単なるオタクのファンアートではなく、作品に対しての人々の熱情、そして、店を救ってくれた奇跡の「お守り」だったのかもしれない。
「玲姉はね、あの後も一年くらいはたまに連絡くれたんだけど、だんだん忙しくなったみたいで…今はもう、連絡先もわかんないんだ。元気にしてるかなあ」
希実は、結衣が抱き枕にしているキャラクターのぬいぐるみをそっと撫でながら、懐かしさと少しの寂しさが混じったような、遠い目をした。あれほど熱かったブームも、情熱的なファンとの交流も、今はただの過去。ただ、この歪な魔法陣だけが、当時の残り香のように、店の隅で静かに存在感を放っている。
(フィネアスの言う「封印された力」ってのは、きっと、玲奈さんがこの店に込めた「この店が長く続いて、またみんなが戻ってこられる場所になってほしい」っていう願いのことだったんだろうな…きっとそうだ)
僕はそんな風に、自己完結するように理解し、小さく息を吐いた。
「で、結局、誰と飲んだのよ?ねえ、あの空き缶の量は尋常じゃないでしょ!」
希実の追及は、
「…わーったよ、ほら、これ!」
悠真は、苦し紛れにスマートフォンを取り出し、画面に保存されていた、昨夜の写真を希実に見せた。そこには、パーカーのフードを深くかぶっているリリエッタ、屋内でも帽子をかぶってゴーグルをかけているフィネアス、そして、窮屈そうにスウェットを着たガルド、Tシャツから毛がはみ出しているゼノスの姿が写っている。
「飲み会って言うか、昨日は、大学生の自主映画の撮影の手伝い!役者たちが、やたらリアルなメイクと衣装で、居酒屋シーンを撮ってたんだよ!ほら、このゴツいのも、特殊メイクだよ、特殊メイク!」
希実は、目を凝らして画面を覗き込み、「ふーん…最近の自主映画って、やけに凝ってるね」と、どうにか納得したようだった。
「…ともかく、今日中に片付けてよ。で、商店街の会合、ちゃんと出るんだよ。母さんが絶対だって」
「わかってるって。じゃあ、僕はちょっと裏口の掃除でもするから、お前はもう帰りな」
妹を追い出すように促しながら、悠真は胸をなでおろした。とりあえず、この場は凌いだのだった。
妹の希実が帰った後、悠真は店内の掃除をざっと終わらせたが、心はまったく別の場所に飛んでいた。
アルテミシアの冒険者ギルド。リリエッタたちが納品する魔石と倒したオークの死体、そして日本から持ち込んだ各種の肉。
(あの魔石がどれくらいの価値になるんだろう?オークの死体だって、素材として売れるはずだ。それに、日本の肉は
悠真は、カウンターの椅子に座り、無意識のうちに指で電卓を叩くような仕草を繰り返していた。
「フィネアスが、あんなに真面目な顔して『冒険者ギルドで正式な査定を受ければ、かなりの金額になる』って言ってたし…」
彼は、まるで子どものように、想像の中で膨らむ金額を何度も何度も胸算用していた。
もし、生活費が賄えるほどの報酬が出たら?
店の建て替え費用までとは言わずとも、当面の運転資金が確保できたら?
あるいは、あのリリエッタが目を剥くような、途方もない大金が転がり込んできたら…!
悠真は、ごく普通の駅前商店街の一角で土産物屋を営んでいた男だ。それが突然、異世界の金銭感覚に触れてしまった。彼の頬は高揚でわずかに赤みを帯び、口元はニヤつきそうになるのを必死でこらえていた。
(くそっ、落ち着け!まだ正式な金額が出たわけじゃないだろ!)
そう自分に言い聞かせるが、好奇心と期待は抑えられない。まるで、お年玉を数える前の、あのワクワクした感覚。数十年ぶりに味わう、純粋な「金銭的な期待」だった。
リリエッタたちから「すぐに金額を報告します!」と言い残された僕はまるで遠足の前の日の子どものように、ひたすら吉報を待つのだった。
【悲報】過疎ってる駅前シャッター商店街のおみやげ屋が異世界に転移したので、ご当地キティを売ってみたら大儲けした件 太陽唸り過ぎ-無- @oji38
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